“伝える情熱”=バドミントン漫画 『スマッシュ!』 咲香里氏
バドミントンへの思いが2年越しの企画を実現させた
『やまとの羽根』は掲載媒体が休刊したことでひと区切りせざるを得なかった。そこに舞い込んだ次回作の依頼。それまで少女漫画雑誌で恋愛物を描いていたこともあり、その方面ではどうかという話もあったが、咲の頭にはバドミントンしかなかった。
「連載が始まったのが2006年。企画が通るまでに結局2年ほどかかりました」
これは咲のバドミントンに対する思いの深さと言い換えられる。
当時を振り返ってもらっても、なぜそこまでバドミントンに固執したのか自分でも分からないと咲は笑う。2006年といえば北京五輪に向けてオグシオが本格的に注目され始めた時期と符合するが、それ以上に『スマッシュ!』誕生を支えたのは、バドミントンに対する咲の情熱と愛だったといった方がしっくりくる。
「バドミントンを選んだのはマイナーだから読者に受けるだろうではなく、それしか描きたくなかったからなんです。そして、そうした思いで描く以上、多くのスポーツの中からなぜバドミントンを選んだのかを漫画の中で示さないと意味がないとも思っています。私にとってそれは、バドミントン選手を応援したい、もっと多くの人に知ってもらいたいということ。バドミントンが人気スポーツだったら、ほかの誰がやってくれるだろうと思って、自分でやろうとは思わなかったでしょう」
だから、咲が描くバドミントンには現実離れした技や設定は出てこない。マイナーなスポーツを扱うときに安易に頼ってしまいそうな手法に、咲は頼らない。
「現実に勝るものはないと思っています。現実の出来事に感動して、その感動を漫画に持ち込みたいと思いながらこれまで描いてきました。ノンフィクションとフィクションの境は私にはないんです。試合会場に行って、シャトルの響く音やインターバルの間でも集中を切らさない選手の姿に感動する。漫画を読んでくれた人がひとりでも多く実際に試合会場に足を運んでくれることが、私にとって何よりの願いなんです」
咲にとって、バドミントンは人生で初めて熱中したスポーツだった。それだけではない。咲はバドミントンに出会ったからこそ、ほかのスポーツにも興味を持つようになったという。
バドミントンと出会うまでの長い間、スポーツと無縁だった咲はいま、子供に何でもいいからスポーツをやっておいた方がいいという母親でもある。その姿は『スマッシュ!』の主人公、翔太の姿にどこかだぶって見える。翔太は本物の強さに触れることで今まで知らなかった新しい世界に魅了されたのだ。大げさでなく、人生における新しい世界を拓いてくれたもの、それが咲にとってのバドミントンだったに違いない。
咲は漫画を描こうとしてバドミントンを選んだのではない。ひとりのファンとして、バドミントンをもっと多くの人に知ってもらいたいと思ったとき、漫画が描けたという、それだけのことだったのだ。
<了>