“伝える情熱”=バドミントン漫画 『スマッシュ!』 咲香里氏

五味幹男

恋愛模様の裏に、スポーツの本質を描く

『スマッシュ!』は週刊少年マガジン(講談社)で2006年7月から連載が始まった。
「ストーリーはバドミントン一色ではなく、恋愛や学園生活もある程度厚く描いています。これまで描いてきた青年誌に比べて、読者の幅が広い少年誌では分かりやすさも重要な要素ですから。そうした分かりやすいものを追っていくうちに少しでもバドミントンというスポーツを知ってもらえればと思っているんです」
 これはマイナースポーツをテーマにしているからこその難しさなのだろう。野球やサッカーなど、ルールも含め広く知られているスポーツがテーマならば、面白い漫画として成立させるためにはむしろなんらかの趣向を凝らさなければならない。だが、マイナースポーツではスポーツをそのまま描くこと自体が難しいのだ。もうすぐ連載100回を迎える現在と比べれば、初期の『スマッシュ!』における「バドミントン」の描写が少ないことに気づく。
 だが咲はそうした恋愛模様などを絡めながら、スポーツの本質へと読者をうまくリードしている。

 例えば、より高いレベルの練習ができる大阪の実業団チームに誘われた優飛を翔太が送り出す場面では、選手にとって「環境」がどれほど重要なものなのかが描かれている。
 付き合うようになった2人にとって、優飛が大阪に行くことは離れ離れになってしまうことを意味するが、優飛がバドミントン選手としてさらに成長するためにそうすることが必要だと思った翔太は、迷っている優飛の背中を押すことを決意する。翔太との恋模様を細かく描写して対比することで、「環境」の重要性を浮き上がらせているのだ。
「環境は、選手が安心して伸びていくためにすごく大事なものだと思います。日本もアテネ五輪後にナショナルチームを整備したり、海外からコーチを招いたりしてから強くなったように私には感じられます。それまでは技術的にはそれほど差はないように思えても、どこか海外勢に対して気後れしていた印象を受けていたのですが、最近はそれもなくなりました。いつでしたかオグシオが中国ペアに対して怖れることなく対等にプレーしている姿を見て、自信と技術がうまい具合にかみ合ってきているのかなと感じました。実際、選手に話を伺ってもメンタルトレーニングは相当やっているようです」

 また、スポーツ漫画の醍醐味でもある試合シーンも、同じ理由から連載初期では複数回にわたって詳細に描かれていないが、ハイライトをテンポよく見せることで読者の想像力に働きかけながら、結果的に技術以上にバドミントンで大事なものを示せている。
「強くなるために必要なものは何か。たくさんの指導者にお話をうかがってきた中で共通していたのは、考えてプレーできる選手が強くなるということでした。バドミントンにはセオリーがあります。相手が嫌がるところに打つ。相手の弱点を狙う。でもそれは相手も分かっていることなんです。その中でポイントを取るためにどうコースをつくっていけるか。技術も身体能力も大事な要素ですが、それを試合の中で瞬時に考えて判断していける選手が強くなれるんです」
『スマッシュ!』でも選手が強くなるために「考えて打つ」ことの重要性が第一に強調されている。

 もちろん、だからといって咲が現状に満足しているわけではない。ジレンマもあっただろう。それは『やまとの羽根』と『スマッシュ!』における「バドミントン」の占める割合を見比べるとよく分かる。
 しかし、咲はこうした状況を「自分の表現を試している助走期間」と前向きにとらえている。発表の場を青年誌から少年誌に移し、あらためて「伝える」ということを考えたとき、自分に足りないものが見えてきた。
「表現はまだまだですね。少年誌で描いてみてあらためて分かったんですが、バドミントンはあまり漫画に向かないように思うんです。試合では対戦相手が少人数で固定されてしまいますし、体が激しくぶつかり合うわけでもありません。シャトルも羽根という見た目もあってスピード感を出すのが難しいですし、バドミントンではペアピンなど逆にスピードを殺すプレーもあります。そのあたりをどうやって表現していくかが課題ですね」

 バドミントンのラリーがひとりでは成立しないように、漫画も読者があってこそ成り立つものである。読者が打ち返してくるシャトルの質を見ながら、次の展開を考えていかなければならない。そして、どんな状況にも対応できるように漫画家は自分の技量を高めておく必要があるのだ。過去にお手本と呼ぶべき作品が見たらないバドミントン漫画では、ことさらそうした小さなチャレンジを積み重ねていく必要があったのだろう。
「今だから言えますけど、こんなに大変だって知っていたら少年誌でバドミントン漫画をやろうなんて思わなかったかもしれません」
 笑いながらそう言う咲に、苦労はあまり感じられない。乗りかかった船だからという気分でもなさそうだ。というよりもむしろ、その表情からは、バドミントンを描けることへの喜びが伝わってくる。
「『やまとの羽根』ですべて描き切っていたら満足していたかもしれません。でも、そうではなかったんです」

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著者プロフィール

1974年千葉県生まれ。千葉大学工学部卒業後、会社員を経てフリーランスライター。「人間の表現」を基点として、サッカーを中心に幅広くスポーツを取材している。著書に『日系二世のNBA』(情報センター出版局)、『サッカープレー革命』『サッカートレーニング革命』(共にカンゼン)がある

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