松井秀喜の姿と重なるポール・モリター=MLB名人物ファイル

上田龍

孤軍奮闘を続ける「DH・松井秀喜」

今季は主にDHで出場し、活躍を続けている松井秀 【 (C)Getty Images/AFLO】

 アレックス・ロドリゲス(A・ロッド)、ホルヘ・ポサダの故障者リスト入り、期待された若手先発投手陣の不振などで、ヤンキースがペナントレース脱落の危機に直面している。5月15日(現地時間)にアメリカンリーグ東地区で単独最下位に転落してからは、19日現在までに3連敗を喫し、首位レッドソックスとのゲーム差は「6.5」にまで広がった。

 そんなチームにあって、春季キャンプの段階ではレギュラー確保さえ危ういといわれていた松井秀喜の活躍は、ファンにとっても唯一の救いだろう。5月18日のメッツ戦でも2ランを放つなど、41試合で打率3割4厘、6本塁打、20打点、チームトップの出塁率3割8分3厘と長打率4割7分3厘をマークしている。A・ロッドの欠場後務めている4番のスポットでも打率3割1分6厘、2本塁打、7打点。出場ポジション別では、指名打者(DH)で打率3割1分9厘、4本塁打、15打点。外野では2割9分1厘、2本塁打、5打点と、古傷であるひざの故障を気にせずにすむDHのメリットを十分に生かしている格好だ。ただし、今季はセンターから左方向への打球も目立つ松井は、DH中心の選手としては決してホームランが多いとはいえない印象もある。

 アメリカンリーグが投高打低現象の解消と観客動員増を目的に、DH制度を採用したのは1973年のことで、ことしはちょうど35周年にあたる。同年4月6日、記念すべきDH第1号として打席に立ったのは、松井にとってチームの先輩でもあるロン・ブルームバーグ(ヤンキース)で、初打席の結果は四球だった。
 ア・リーグの目論見どおり、前年リーグ全体で1割4分6厘だった投手の打率は、全指名打者の打率2割5分7厘と劇的に向上した。以後35年の間、メジャーにおけるDHといえば、現在史上最強DHの座を争うデービッド・オルティーズ(レッドソックス)、トラビス・ハフナー(インディアンス)など、一発長打の魅力を秘めた長距離砲のイメージが強く、松井はむしろ「異色」ともいえる。ただし、DHの歴史においては、現在の松井とオーバーラップする活躍を見せた選手も存在した。ブルワーズ、ブルージェイズ、ツインズで活躍し、通算3319安打(史上8位)、打率3割6厘の堂々たる実績を残したポール・モリターである。

打線の火付け役として活躍したモリター

 77年に全米3位でブルワーズに指名されたモリターは、翌年には早くもメジャー昇格を果たしてレギュラーを獲得。82年には201安打、打率3割2厘、19本塁打、リーグトップの136得点でチームのリーグ優勝に大きく貢献した。しかし持ち前のハッスルプレーはしばしば故障を誘発し、80年から欠場が目立つようになると、84年にはひじの手術を受け13試合の出場にとどまっている。

 故障防止のためDHでの出場機会が増えた87年、モリターはリーグ2位の打率3割5分3厘、41二塁打、114得点(ともにリーグ1位)と見事な復活を遂げ、8月には39試合連続安打を達成している。連続試合安打が途切れたときも、9回裏に次打者席で最後の打席が回るのを待っていたが、彼の前を打っていたリック・マニングがサヨナラヒットを放って試合終了となってしまい記録が途切れた。マニングは殊勲打を放ちながら地元ファンの大ブーイングを浴びる羽目となった。

 82年のシリーズ第1戦で史上唯一の1試合5安打を放ち、ブルージェイズ時代の93年にはシリーズMVPを獲得するなど、2度出場したワールドシリーズでは通算55打数23安打。大舞台にも強かったモリターだが、年間最多本塁打は93年の22本で、これが唯一の20本台以上だった。“The Ignitor”(点火装置)のニックネームが示すように、強力打線の火付け役となるリードオフマンや三番打者としての役割が多く、DHとしてはまさに異色のタイプであった。故郷ミネソタに本拠地を置くツインズに移籍した96年には、9本塁打ながら、22本塁打を放った93年の111を上回る自己最多の113打点を記録している。

A・ロッド復帰後の松井に期待すること

 2004年には資格初年度で殿堂入りを果たしたが、他に通算打率3割、3000本安打、500盗塁以上を記録している殿堂入り野球人はタイ・カッブ(タイガース)をはじめとする3人だけで、さらに200本塁打以上を残したのはモリターただひとりである。通算2683試合の44パーセントがDHとしての出場で、現在殿堂入り野球人のポジション別カテゴリーでは、唯一「指名打者」に分類されている。 

 ブルワーズとブルージェイズの強力打線にあって、文字通り「点」を「線」につなげる導火線の役割を果たしてきたモリター。A・ロッドやポサダがラインナップに戻った後のヤンキース打線において、松井がモリターとは違ったスタイルでの“The Ignitor”の役割を果たせば、チームは再び熾烈(しれつ)な地区優勝争いに復帰することがかなうはずだ。

<了>

※次回は6月3日に掲載予定です。
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著者プロフィール

ベースボール・コントリビューター(野球記者・野球史研究者)。出版社勤務を経て1998年からフリーのライターに。2004年からスカイパーフェクTV!MLB中継の日本語コメンテーターを務めた。著書に『戦火に消えた幻のエース 巨人軍・広瀬習一の生涯』など。新刊『MLB強打者の系譜「1・2・3」──T・ウィリアムズもイチローも松井秀喜も仲間入りしていないリストの中身とは?(仮題)』今夏刊行予定。野球文化學會幹事、野球体育博物館個人維持会員

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