100分の1秒を追い求めて 競泳用水着の開発と変遷

宮崎恵理

開発テーマは「体幹保持」

“シン・レボリューション”というコンセプトネームは、開発テーマになっている体幹保持に由来する。体のしん(シン)が、最後まで折れずに水中で抵抗の少ない理想的なフォームをキープできる水着、という意味だ。
「体幹保持のためにラッスルを配しながらも、泳ぐという運動のしやすさをさらに追求するために、下肢部分や肩周りのストラップにはソフトストレッチの素材を組み合わせました。素材のハイブリッドが、より優れた運動性能を実現してくれます」

 加えて、生地表面にはマイクロプレス加工によって、平滑性がさらに向上。水中抵抗の要因となるステッチを約10%減らすことにも成功した。
「従来、女性用のロングスパッツタイプの水着では全身のステッチの長さは6mにもなりました。それが、5mにまで減らすことができたのです。また、ステッチは流水に対して垂直になるほど、抵抗は大きくなる。だから、例えば肩のストラップのステッチを斜めに入れるなど、ステッチそのものの配置、レイアウトにも気を配りました」

 こうして、出来上がった“シン・レボリューション”の水着は、長年共同で実験を行なっている筑波大学水泳研究室での実験によって、水中抵抗3%の低減化が、計測データによって実証されたのだ。

選手たちが語る新水着の魅力

 4月15日に開幕する競泳の日本選手権(兼北京五輪代表選手選考会)に合わせた一般デビューに先駆け、1月からチームアリーナの選手たちはこれを着用し、すでに短水路などの大会などで好成績をマークしている。かつて競泳選手として活躍していた販売促進課の錦織篤氏は言う。
「みんな、初めて着用した時に『ウワー、すごいピタッとカラダに吸い付く! 』と言って、驚いていました。『初めての感覚だ』と。選手にとっては、信頼できる水着を着用することで、結果が生まれる。今回、あえて1月から着用してもらったのは、本番の日本選手権に向けて、選手が水着に対して確実な信頼感を持てる準備期間を取りたかったからです。実際選手たちは、今は自信を持って、日本選手権に臨んでいます」

 2004年のアテネ五輪、800m自由形で金メダルを獲得した柴田亜衣も、新しい水着に驚きの表情を隠さない。3カ月の準備期間で、柴田は新しい水着を、もう一つの自分の肌、筋肉のようにまとっているという。
「初めて水に入った瞬間、ギュッと水着そのものが締まる感じがして、自分の体が一回り小さくなったような気がしました。その後、実際に泳いでみたら、体がすごく浮くような感じで、長く泳いでいても姿勢が保てています。体幹保持というのは、こういうことなんですね。この水着を着て、初めて分かりました」

 世界競泳2007の200mバタフライで2位をマークした柴田隆一も、
「水着が肌に吸いついてくる感じが、レースでの好成績に影響を与えてくれると感じています。楽に長く泳げますね」
 と、水着の性能をそのまま体感している。

機能性とデザイン性を兼備

 このシン・レボリューションは、デザインも一新。メーンカラーは、ブラック1色で構成されている。デザイナーの秋田祐作氏が語る。
「機能性が、そのままデザインになっていること。今回の水着をデザインするにあたっては、特にこのことを意識してきました。例えて言うなら、シンプルだけど座り心地のいいチェア。座った時の質感や座り心地が、立って離れて見た時のデザインとして形になっている。本来、デザインというのは、そういうものである、と。ブラック1色になったのは、“折れないシンをもっているか”というシン・レボリューションのコンセプトを語ったキャッチコピーを、色で表すとしたら、どんな色だろうという発想から決定しました。黒というのは、すべての色が含まれていて、これ以上、何色にも染まらない。折れないシンにふさわしい色なんです」

 胸元に配されたarenaの文字、脇に施されたブランドロゴは、シルバーを採用。そして、足首の後ろ側にも、すっと1本、シルバーのラインが入る。
「アイコンのようですが、実際には、これが正しい着用のための目印になっています。この水着は、正しい位置で着用しないと、筋肉のレイアウトと水着がずれてしまいます。いったん着用すると、生地がズレない分、正しい位置に修正することが難しい。ロングスパッツの場合、前後が分かりにくいことがある。このラインが足首の後ろ側にくるように着用することで、最初から正しく着用できます。つまり、これも、機能性がデザインになっているのです」

 新しい水着の出現で、北京五輪はますます白熱した闘いになるはずだ。新しい記録、忘れられない記憶を残して。

<了>

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著者プロフィール

東京生まれ。マリンスポーツ専門誌を発行する出版社で、ウインドサーフィン専門誌の編集部勤務を経て、フリーランスライターに。雑誌・書籍などの編集・執筆にたずさわる。得意分野はバレーボール(インドア、ビーチとも)、スキー(特にフリースタイル系)、フィットネス、健康関連。また、パラリンピックなどの障害者スポーツでも取材活動中。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。

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