シメオネの去就問題に揺れたアトレティコ 続投が決まり、再び安定感を取り戻す

シメオネが続投するよう幹部が説得

シメオネの去就問題で、アトレティコ・マドリーは異例の夏を過ごした 【写真:ロイター/アフロ】

 2011年にディエゴ・シメオネが監督に就任して以降、アトレティコ・マドリーは長期的視野に立ってチームを強化してきた。その結果、ここ数年にわたって順調なシーズンを過ごしてきた。

 それだけに、今年のアトレティコ・マドリーは異例の夏を過ごしたと、多くの関係者が内々に認めている。事の発端は昨季終盤、ミラノで行われたチャンピオンズリーグ(CL)決勝にて、PK戦の末レアル・マドリーに敗れたことだ。

 2シーズン前の決勝と同じく、アトレティコは手にしかけていた勝利を最後の最後で取りこぼし、またしてもヨーロッパで最も重要なタイトルを目前で逃した。そしてこの敗戦にショックを受けたシメオネは、クラブとの契約を20年まで延長したにもかかわらず、決勝後の会見で自身が監督を続投するかどうかを考える時間が必要だと発言したのだ。

 長らく低迷していたチームをヨーロッパのトップレベルにまで引き上げ、ファンやソシオから文句なしの評価を得ている指揮官が発したこの一言は、アトレティコの関係者を大いに動揺させた。早ければ来季にもビセンテ・カルデロンからラ・ペイネタに本拠地を移転する重要な時期であることもあり、執行部の中心人物であるミゲル・アンヘル・ヒル・マリンとスポーツディレクターのアンドレア・ベルタはオフ中にブエノスアイレスへ飛び、シメオネが続投するよう説得しなければならなかった。

契約を2シーズン短縮していたことが明らかに

 複数の情報によれば、両者の交渉は難航し、シメオネは退団寸前まで至ったという。結局、シメオネは違約金を支払っての退団は避け、彼の招へいを目指していたインテル、パリ・サンジェルマン(PSG)も動かなかった。

 だが今週になり、シメオネがアトレティコとの契約を18年6月まで、つまり期間を2シーズン短縮したことが明らかになった。シメオネは新スタジアムを使用する最初のシーズンを終えたタイミングで契約満了を迎えることになる。そして直後にはワールドカップロシア大会があり、大会後にはアルゼンチン代表監督のポストが空く可能性が高い。今夏シメオネはアトレティコとの契約を尊重して同ポストへの就任要請を断ったが、2年もしないうちにフリーで母国の代表を率いるチャンスが訪れるのである。

 イタリアのインテルも引き続きシメオネの招へいを目指している。シメオネは現役時代にインテルでプレーした選手であるだけでなく、同クラブのアイドルであり、現副会長でもある同郷のハビエル・サネッティと親しい仲にある。そのサネッティは「シメオネとクラブはいつか再会の時を迎える」と以前から話している。

 PSGもシメオネの招へいを断念したわけではない。今夏にウナイ・エメリを招へいしたのは、昨季終了時にローラン・ブラン監督が退任した後、可能な限りシメオネを待ち続けた末の決断だった。

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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