錦織&ラオニッチが果たす大きな役割 “ビッグ4”のほころびを見たマスターズ

内田暁

錦織、ジョコビッチに完敗

マスターズ初優勝を狙った錦織(左)だが、ジョコビッチを追い詰められず準優勝に終わった 【写真:USA TODAY Sports/アフロ】

 つい先ほどまで、決勝を戦う2人のアスリートのためだけに存在したテニスコートは、試合終了と同時に大会スタッフや報道関係者たちに埋め尽くされ、表彰式の準備が慌ただしく進んでいく。ベンチに座りセレモニーを待つ間、ファンを背景に“自撮り”でくつろぐノバク・ジョコビッチ(セルビア)の反対側で、錦織圭(日清食品)は膝に肘を置き、首を垂れ、そのままの姿勢でしばらく身じろぎもしなかった。

 ジョコビッチが錦織に2−0で完勝したマイアミ・オープン決勝終了からわずか30分後。会見室に現れた錦織は、両者の“経験の差”について問われると「今日は、経験の差が出るところまで、彼を追い詰めることすらできなかった」と言って、自嘲気味な笑みを浮かべた。

 今日の対戦から得た攻略のヒントや手応えについて聞かれると、彼は、驚くまでに素直に言う。

「どれだけタフにプレーできるかと、長いラリーになる中で、少ないチャンスをどれだけ見つけて打っていき、しかもそれが入らないといけないので……。本当に崩すのは難しいと思います」

立ち上がりは素晴らしかったが……

 ジョコビッチは2週間前にインディアンウェルズで開催されたマスターズ(BNPパリバ・オープン)に続き、マイアミ・マスターズでも優勝。これでマスターズ大会優勝回数は、ラファエル・ナダル(スペイン)を抜いて28回の単独史上最多に。ランキングポイントでも、2位のアンディ・マリー(イギリス)にダブルスコアの差をつけている。圧倒的なトップに立ちながらも、走る足を緩めるどころか、「他の選手が、どれだけ僕を倒そうとハングリーなのか知っている」と自らを律し、加速をつけて孤高の一人旅を続ける――それが、現テニス界を統べる絶対王者ジョコビッチである。


 マイアミ・オープンの決勝でジョコビッチに挑む、錦織の立ち上がりは素晴らしかった。相手のサービスで始まったゲームの2ポイント目で、長い打ち合いでも攻め急ぐことなく、フラットとスピン、深さと角度を用いて主導権をジリジリと引き寄せ、最後はフォアの強打をストレートにたたき込む。腰を据え、五分の打ち合いを挑む錦織の姿勢に、あのジョコビッチと言えど怯んだろうか。ジョコビッチが立てつづけにミスし、錦織はいきなりのブレーク奪取という、これ以上望めぬスタートを切った。

 しかし続くゲームで、ジョコビッチは即座にブレークバック。「精神的に相手を楽にしないためにも、すぐに追いつく必要があると思った」。以降はジョコビッチの老獪(ろうかい)さと王者の威厳が、錦織を徐々に圧していく。プレーが後手に回れば精神の消耗も早く、心の疲弊は肉体への負荷にもなる。試合終盤では足に痛みも覚え3−6、3−6で敗れた。

ジョコビッチに挑んだもう一人の男

ラオニッチ(写真)も錦織と同じく、決勝でジョコビッチに挑んだ 【Getty Images】

 その姿は2週間前、インディアンウェルズの決勝で、ジョコビッチに挑み敗れたミロシュ・ラオニッチ(カナダ)と重なるものでもあった。

 25歳のラオニッチは、錦織と並び、テニス界の次期トップ候補と目されてきた選手である。昨年はケガもあり苦しんだが、今季は元世界1位のカルロス・モヤをコーチにつけ、開幕早々に優勝するなどキャリア最高のシーズンを送っている。インディアンウェルズでも自らのレベルアップを証明するかのように、第6シードのトマーシュ・ベルディハ(チェコ)や13シードのガエル・モンフィス(フランス)らを破って決勝へ。力強い足取りで、ジョコビッチへの挑戦権をつかみ取った。

 しかしそのラオニッチが、最初のゲームでジョコビッチにブレークを許し、最終的にはわずか2ゲームしか奪えずに敗れる。

「ノバクは最もリターンが良い選手だ。どんなに速い球でも勢いを殺し、主導権を握ってしまう」
「ノバクに勝つには、決めるべき場面でより良いプレーをしなくてはいけない」

 ラオニッチもまた最大の武器を無効化され、勝機を見い出すことができなかった。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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