「権利持ち」ゆえに足をすくわれた今治 想定外だった全社2回戦敗退で得た教訓

宇都宮徹壱

日本で最も過酷なトーナメント大会

全社の遠野会場に姿を現した岡田オーナー(中央)。表情には余裕が感じられる 【宇都宮徹壱】

 東京駅八重洲口から深夜バスに乗って、18日の早朝にJR盛岡駅に到着。東北の10月は、すっかり晩秋という趣であった。今回、私がこの地を訪れたのは「全社」を取材するためである。全社とは、全国社会人サッカー選手権大会のこと。国体のプレ大会という位置づけで、毎年開催地を変えながら全国から32の社会人チームが優勝を争うトーナメント大会である。今年の全社は、『希望郷いわて国体・希望郷いわて大会』の開催を翌年に控えた、岩手県で17日から21日まで開催される。

 全社という大会については、代表戦とバッティングした年を除いて定期的に取材に訪れている。今年に関しては、ずっと定点観測を続けているFC今治が出場権を獲得したので、彼らの戦いぶりを追いかける形で取材することを考えていた。ただし、初戦の17日はどうしても現地に行けなかったので、2回戦から現地に入るスケジュールを組んでいたら、今治の1回戦の相手に決まったのが北信越リーグの覇者であるサウルコス福井。「これは厳しいかな」と、いささかの不安を払しょくできずにいた。

 案の定、今治は序盤の7分と9分に相次いで失点。しかしその後、前半38分に高田大樹、そして後半35分(=75分)に植村公亮のゴールが決まって同点とし、勝負の行方は延長戦に委ねられる(全社は40分ハーフで行われ、同点の場合は10分ハーフの延長戦、さらにPK戦が行われる)。結局、最後は延長後半のアディショナルタイムで長尾善公が決勝ゴールを挙げ、今治は2回戦進出を決めた。ツイッターでの速報を確認しつつ、「今治のいない全社取材」を何とか回避できたことに安堵(あんど)したのは言うまでもない。

 かねてより指摘してきたことだが、全社とは5日間連続で行われる日本で最も過酷なトーナメント大会である。そして、その特異なレギュレーションゆえに、ひんぱんに番狂わせが起こる大会でもある。すでに17日の初戦では、ブリオベッカ浦安やVONDS市原FCといった、前評判の高かった関東勢4チーム(残りはFCコリアとヴェルフェたかはら那須)が総崩れとなり、2回戦進出を果たしているのは東京23FCと流通経済大学FCのみという状況である。そんな中、アイゴッソ高知(こちらも2回戦進出)とともに四国代表として出場している今治は、この全国レベルの大会でどこまで勝ち進むことができるだろうか。

あっけなく2回戦で敗れた今治

失点後、必死の反撃を見せる今治。しかしこの日はゴールは遠かった 【宇都宮徹壱】

 今治の2回戦の会場は、民話の街として知られる遠野。遠野運動公園多目的運動広場にて、13時30分よりラインメール青森と対戦することになっていた。会場で岡田武史オーナーを見かけたのであいさつをすると「あれ、来てたの? 好きだねえ(笑)」と言われてしまった。その表情には、四国リーグ終盤戦とは明らかに異なる余裕が感じられる。今治が余裕たっぷりで今大会に臨むことになったのは、今季の四国リーグで見事優勝を果たし、JFLへの登竜門となる地域決勝(全国地域リーグ決勝大会)の出場権を獲得した、いわば「権利持ち」の状態だったからだ。

 もっとも、優勝した今治と2位の高知Uトラスターとは、実は勝ち点37で並んでおり(得失点差2で今治が上回る)、両者の立場が逆になる場合は十分にあり得た。もしそうなっていたら、今治は本気でこの全社に勝ちにいかなければならなかった。全社では、3位以上の成績チームに地域決勝の出場権が与えられる制度があり(一般的に「全社枠」と呼ばれる)、レギュラーシーズンで優勝できなかった上を目指すチームは、この「日本で最も過酷なトーナメント大会」を是が非でも勝ち抜く必要性がある。今治がこの日対戦する青森は、東北リーグ2位に終わっており、まさに「後がない」状況で今大会に臨んでいたのである。

 いわゆる「権利持ち」の今治と「後がない」青森。その意識の差は、すぐに試合に現れた。今治は、相手の積極的なフォアチェックに戸惑い、守勢に回る時間帯が続く。もちろん持ち前のパスワークで、しっかりビルドアップするいつものスタイルは健在だった。しかし、やはり相手の素早く的確なプレッシングに苦しめられ、なかなか縦方向への決定的なパスが出てこない。前半は0−0で終了。客観的に見れば両者の力関係は互角だが、むしろ青森に勇気を与える試合内容だったと言えるだろう。

 後半を迎えるにあたり、青森はワントップをアランからエフライン・リンタロウに交代。前線でのプレッシングを強め、ショートカウンターを徹底させる戦術をより明確にする。そのプランが奏功したのが、後半11分(51分)。青森はカウンターからFW西村光司がシュート。いったんはGK福山直弥が阻むも、最後はエフラインがしっかり詰めて、これが先制ゴールになる。初戦に続いて、またも失点スタートとなった今治。だが、この日の相手は守備も手堅く、素早いパス交換による崩しも、両サイドからのクロスやセットプレーも、いずれも決定的なチャンスに結びつかない。結局、0−1のままタイムアップのホイッスルが鳴り、今治は2回戦で今大会を終えることとなった。

今治の敗因は準備と覚悟の欠如

この敗戦で直接的に失ったものはない。だが、幾つかの不安材料は残った 【宇都宮徹壱】

 試合後、岡田オーナーが憮然(ぶぜん)とした表情で、足早に会場を去っていく姿が見えた。確かに、見ていて実に歯がゆい敗戦だったのは事実である。もちろん、全社の2回戦で敗れたからといって、すべてを失うわけではない。そこは「権利持ち」の特権で、本番となる地域決勝で結果を出せばいいだけの話だ。とはいえ、試合後の岡田オーナーの様子を見ていると、やはり2回戦での敗退というものが、クラブにとって想定外だったことが察せられる。果たして今治は、この大会の目標をどこに定めていたのだろうか。あくまで結果にこだわるのか、それとも単なる力試しだったのか。木村孝洋監督によれば「最低3試合を戦うこと」だったという。

「地域決勝が3日間で3試合。(全社は)トーナメントとはいえ、(連続で)3試合するいい機会と捉えていました。最低3試合を戦えれば、地域決勝での選手の疲労具合が見ることができるので、それを生かせればと思いました。昨日と今日とで選手を数名入れ替えたのも、明日のことを考えてのことでした。その意味でも残念です」

 この大会を長く見ていると、今治の敗因は手に取るように分かる。それはすなわち、準備と覚悟の欠如である。今日の今治の戦い方には、相手のスカウティングが不足しているように感じられたし、青森のように「絶対に勝たねば」という覚悟のようなものも伝わってこなかった。正直なところ、今治と青森(さらに言えば四国リーグ1位と東北リーグ2位)の間に、さほどの実力差があったとは思わない。北信越1位の福井に逆転勝利したことについても、自信を持っていいだろう。ただ、こと全社という大会に関して言えば、やはり準備と覚悟が足りていなかったと言わざるを得ないだろう。

 繰り返しになるが、この日の敗戦で今治が直接的に失ったものは何もない。ただし11月6日から始まる地域決勝を考えると、幾つかの不安材料を残したことは留意すべきである。木村監督が指摘する通り、3日間連続で戦うシミュレーションができなかったこと。他の地域リーグの強豪たちと手合わせすることができなかったこと。そして青森の戦い方が「今治対策」のヒントを提示したことも気になるところだ。全社という大会は、地域決勝を見据えたスカウティングと情報戦の場でもある。チームは岩手を去るが、今治のスタッフには引き続き、今大会からより多くの情報を収集・還元してほしいところだ。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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