FC今治が重視する育成と国際交流 『バリカップ』に込められた狙い

宇都宮徹壱

中国人記者も関心を示す『バリカップ』とは?

バリカップ開催前日に行われた歓迎レセプションでは、日韓中の子どもたちが笑顔で交流していた 【宇都宮徹壱】

 出発前からずいぶんとヤキモキさせられた。今年の2月から定期的に続けているFC今治の取材。今回は8月25日のフライトを予約したのだが、ちょうど台風15号が九州に上陸するタイミングだったので、無事に松山空港まで飛んでくれるか直前まで微妙な状況だった。幸い四国は暴風圏から外れたため、トラブルに巻き込まれることはなかったが、中国に出張していた岡田武史オーナーは今治に戻ることができなかったそうだ。ちなみに25日は、オーナーの59回目のバースデー。今治で予定されていた、ささやかなお祝いのイベントも流れてしまった。もっとも当人は、ひとつ年齡を重ねたことに感慨を抱く暇(いとま)もないくらい、相変わらず多忙な日々を送っている。

 さて今回の今治行きは、四国リーグではなく『バリカップ』という少年大会の取材が目的である。「バリ」とは今治の「バリ」を意味する。ちなみに、今治で毎年開かれる海事展覧会は『バリシップ』。今治のゆるキャラは『バリィさん』。いずれも今治を代表するイベントやキャラクターとして、今ではすっかり定着しているので、それらに倣ってのネーミングなのかもしれない。バリカップの前身は、20年以上の歴史を持つ『今越FC招待』という少年大会。これに特別協賛を付けて、FC今治のスタッフが全面的にサポートすることで、今年からバリカップとして新たなスタートを切ることになった。大会は、U−10からU−15まで4つの年代別に行われ、私が取材したのはU−12の大会である。

 とはいえ私は、これまで育成年代の取材経験がほとんどない。にもかかわらず、このバリカップに興味を抱いたのは、FC今治がこの大会を「育成」のみならず「国際交流」にも重きを置いていたからだ。U−12の大会では、中国からは北京の越野FCが、そして韓国からは釜山アイパークU−12が、それぞれ参加。育成年代の大会で、海外からチームを招くことは決して珍しくはないが、あえて中国と韓国から招待していることにFC今治の(というより岡田オーナーの)「意志」が感じられる。もっとも、そう考えたのは私だけではなかったようだ。

 大会前日、子どもたちを集めての歓迎レセプションを取材中、北京からやってきたというジャーナリストに声をかけられ、逆取材されるという予想外の展開となった。なぜ、ここに中国人がいるのか? この日は、柏レイソルと広州恒大によるACL(AFCチャンピオンズリーグ)の準々決勝が行われているというのに。すると若いジャーナリストは「岡田さんが今治で何をしようとしているのか、そちらのほうに私は興味があります」と言い切った。岡田オーナーが中国を離れてすでに2年が経過しているが、それでも現地のメディア関係者には熱心な岡田ウォッチャーは少なくないと聞いた。その証左を、まさかバリカップで知ることになるとは思わなかった。

会場で感じた、中国の育成環境の変化

中国の北京から招待された越野FC。ルァン・トゥミン監督も「オーガナイズが素晴らしい」と大満足 【宇都宮徹壱】

 バリカップ2015のU−12大会は26日と27日、FC今治のトップチームがホームゲームで使用する、桜井海浜ふれあい広場サッカー場を2コートに分けて行われた。参加12チームは、3チームずつで初日はリーグ戦を行い、2日目は順位ごとに分かれてトーナメントを戦う。ゲーム形式は8人制の20分ハーフで、前後半の途中には給水タイムが設けられていた。日本の10チームは、FC今治の下部組織から2チーム(12歳以下と11歳以下)。ほかは四国や広島の少年団で、Jクラブの下部組織は参加していない。

 そんな中、際立った強さを見せていたのが韓国・釜山のU−12である。皆、体格がしっかりしていて、170センチくらいの長身選手も少なくない。組織力も技術力も練度が感じられ、やや図抜けた存在だった。聞くところによると、韓国では8人制サッカーはまだ導入されておらず、彼らはいつも11人制で試合をしているという。つまり日本で初めて8人制を経験するわけで、にもかかわらず最終的に優勝という成績を残したのだから大したものである。

 もうひとつの招待チームである北京の越野は、体格では日本の子どもたちに勝るものの、釜山に比べるとまだまだ荒削りな感は否めない。それでも力まかせのサッカーではなく、ビルドアップとポゼッションを志向しているのが印象的だった。しかし、それ以上に興味深く感じたのが、中国でも育成の裾野が広がり始めているという事実である。

 私は3年前に上海で、日本人スタッフが地元の子どもたちにサッカーを教えるスクールを取材したことがある。そこで耳にしたのは「中国の子どもたちは勉強や習い事で忙しく、スポーツをする時間がない」、あるいは「八百長のイメージが強いため、親は子どもにサッカーをさせたがらない」といったネガティブな話題であった。サッカーに限らず、中国でスポーツを続けられるのはエリートのみであり、グラスルーツの伝統はないというのが、これまでの私の認識であった。だが、そうした状況も変わりつつあるようだ。試合後、越野を率いるルァン・トゥミン監督に話を聞いた。

「確かに、スポーツをやらずに勉強ばかりしている子は、まだまだ中国では多いです。それでも、サッカーができるチャンスを探している子どもが多いのも事実です。今回、バリカップのお話をいただいた時に、私は子どもたちに外国でプレーするチャンスを与えたかった。と同時に、日本の文化についても学んでほしいと思っていました。この大会は非常によくオーガナイズされているし、日本や韓国の子どもたちと(サッカーを通じて)交流ができたので、とても満足しています」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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