北京を熱くした「ボルトvs.ガトリン」 トラック外でもお互いに認め合う存在

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勝者と敗者、分かれた明暗

ボルトvs.ガトリンのライバル対決は世界の注目を集めた 【写真:ロイター/アフロ】

 無数のフラッシュが、右へ左へと動き回る。北京国家体育館でカメラマンの大群が追いかけるのは、世界選手権(中国・北京)男子200メートルで4連覇を決めたばかりのウサイン・ボルト(ジャマイカ)。今大会2冠の最強スプリンターを捉えようと、大きなレンズを握り、押し合い圧し合いしている。

 その隣では星条旗を肩に掛け、ジャスティン・ガトリン(米国)が大観衆の歓声に応えていた。彼を追うのはテレビカメラたったの1台。勝者と敗者。1位と2位。その2つを隔てるギャップの大きさを、これでもかと見せつけているようでもある。今季の男子スプリント界をにぎわせたボルトとガトリンの頂上決戦は、2勝したボルトに軍配が上がった。

 ボルトは得意の200メートルで、最大のライバルに全く勝負をさせなかった。曲走路を抜けるあたりはほぼ横一線だったが、直線に入るとすでに、ボルトの体が一歩前に出ていた。「勝つには150メートルまでに前に出なければ」と馬力を発揮。19秒19の世界記録保持者が「必死に走った」ならば、どんなに死ぬ気で走っても勝てる者はいない。大きなストライドでじりじりと敵を引き離すと、残り数メートルは流して余裕のゴール。両手の親指で胸を指すと、「勝つのは俺だ!」と言わんばかりに得意げな表情を見せる。優勝タイム19秒55は、ガトリンの持つ19秒74を0秒2近く上回って今季最高だった。

 一方のガトリンに見せ場はなかった。ボルトに100分の1秒まで迫った100メートル決勝のような接戦にもならなかった。個人種目最後の1本は、万全の状態で臨めず、レース直後には「疲れたよ。こんな短期間に100メートル3本、200メートルも3本走ったんだから」と苦笑い。大会前、33歳ベテランの快進撃に「ボルト危うし」の声も上がっていたが、結果的にはそれも“ボルト劇場”を演出するためのお膳立てとなってしまった。

ボルト、ガトリンは「まるで親友みたい」

レース後、セグウェイに乗ったカメラマンがバランスを崩し、ボルトに追突するアクシデントが起こった 【写真:ロイター/アフロ】

 これだけ「ボルトvs.ガトリン」と騒がれた2人だが、トラック上でもそれ以外でも、お互いを認め合う存在である。よき競争相手であり、その才能を認め合う仲だ。

 印象的だった一コマがある。メダリスト会見で、ボルトがセグウェイでバランスを崩したカメラマンに追突した件を聞かれた時のことだ(幸い大事にはならなかった)。当時の状況を聞かれると「今からうわさを流そうかな。実はジャスティンがあのカメラマンを雇って激突させたんだ(笑)」とボルト。悪者にされたガトリンは、すかさず「彼に払ったお金は返してもらおう。任務を果たせなかったんだから!」と返し、会場は爆笑につつまれた。大物同士のこと、こういったやり取りはお手の物だろう。それでも、ほんの1時間半まで最大のライバルだった2人がジョークを飛ばし合う姿は、とても新鮮に映った。

「彼、世界選手権が近づくといろんなことを言ってくるんだ。でも、ひとたび大会が終わると僕を困惑させる。まるで親友みたいだよ」

 ボルトはそう言って笑う。

 一方のガトリンは、5歳年下の王者を「彼は素晴らしいライバルで、自分の限界を押し上げてくれる存在」と表現する。お互いがお互いを助け、切磋琢磨(せっさたくま)し合って成長できる中だ、と。

「いつか歳をとって、人生を振り返った時に『知ってる? この人の歴史をつくる手助けをしたんだ、彼は、僕がアスリートとしてステップアップするための後押しをしてくれたんだ』と言えるような存在さ」

 レース後も、満員の観衆は最後まで、両者に温かい声援と拍手を送り続けた。真夏の北京を熱くした頂上決戦。これからも2人は、鳥肌が立つような争いを私たちに見せてくれるだろう。

(取材・文:小野寺彩乃/スポーツナビ)
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