錦織圭の2024年は「ゼロに戻す1年」 35歳の新シーズンは勝負の年に

秋山英宏

シーズン最終戦では、1年5カ月ぶりとなる優勝を果たした錦織圭。12月にはチャリティーイベント(写真)にも参加した 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

世界ランキング352位から106位へ

 2022年10月、錦織圭の名前が世界ランキングから消えた。当時、左股関節痛などで長期離脱中だった。直近の52週に獲得したランキングポイントの累計がこの時点で「0」になり、ランキングを失ったのだ。

 翌2023年6月、男子ツアーの下部カテゴリー、ATPチャレンジャーのプエルトリコで1年8カ月ぶりに復帰、いきなり優勝したものの、7月に左ひざを痛めてしまう。わずか4大会に出ただけで、再び長期離脱となった。2024年1月1日付の世界ランキングは352位。下部ツアーでも予選からの出場を強いられる地位だ。

 そこから1年かけて、崖のように険しい坂道をよじ登った。それが2024年の錦織だった。

 3月に米国・マイアミのマスターズ大会で復帰したが、1回戦で敗退。左ひざにはまだ痛みが残っていた。後日、錦織は「何もできず、攻めもできず。感覚もあんまりないから、思い切り打てないみたいなのがあった」と、散々な出来だった復帰戦を振り返っている。

 その上、この大会で右肩を痛め、再びツアーを離れた。復帰したのは、5月末に開幕した全仏オープン。2021年の全米オープン以来となる四大大会の白星をつかみ、「勝利もそうですけど、プレーが何となく戻ってきたのが一番うれしい」と、ようやく安堵(あんど)の表情が見られた。

 だが、次の四大大会のウィンブルドン、さらにパリ五輪では初戦で敗れた。「ボールの感覚もよくない、ミスも多い、攻め方がわからない」と、シーズン前半戦は低空飛行が続いた。ウィンブルドンで敗退したあとの記者会見では「もうちょっと我慢かなと思います」と自分に言い聞かせるように語った。

 長く続いた我慢の時間が終わったのは、8月上旬だ。モントリオールのマスターズ大会で「急に感覚がよくなり、攻める自信も出てきた」という。2回戦では、当時11位のステファノス・チチパス(ギリシャ)に快勝した。これまでにもケガからの復帰の過程で経験した、突然の覚醒だった。2023年7月の離脱から1年強、待ちに待った復調だ。

 自身のシーズン最終戦となった11月のATPチャレンジャー・ヘルシンキ大会では、1年5カ月ぶりの優勝を飾る。12月16日付のランキングは106位。四大大会の本戦枠からギリギリはみ出すくらいの地位だ。今季の目標としていた100位にはわずかに及ばなかったが、十分だろう。2025年1月の全豪オープンは公傷制度が適用され、出場が確定している。

 男子ツアーを統括するATPは、度重なる故障を乗り越え、大きくランキングを上げた錦織を年間表彰の「カムバック賞」にノミネートした。結局、受賞したのは3大会に優勝し、シーズン序盤の100位台から34位までランキングを上げたマッテオ・ベレッティーニ(イタリア)で、錦織の受賞はかなわなかった。ベレッティーニに比べれば成績やランキングの上昇カーブは確かに物足りないが、それでも、シーズン後半のプレー内容は、カムバック、あるいは復活という言葉にふさわしい。

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著者プロフィール

テニスライターとして雑誌、新聞、通信社で執筆。国内外の大会を現地で取材する。四大大会初取材は1989年ウィンブルドン。『頂点への道』(文藝春秋)は錦織圭との共著。日本テニス協会の委嘱で広報部副部長を務める。

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