“ボクシング不毛の地”に芽吹き、プロで花開いた才能 12.7注目の丸田陽七太戦に臨む三代大訓のユニークさ

船橋真二郎

11月21日、注目のライト級チャンピオン対決は想像をはるかに超える激闘を宇津木秀が制した 【写真:ボクシング・ビート】

意識したくなくても意識してしまうド派手な試合

 両者合わせて5度のダウン応酬――。11月21日、注目のライト級チャンピオン対決は想像をはるかに超える激闘。後楽園ホールにつめかけた観衆を熱狂させた。最後は東洋太平洋同級王者の宇津木秀(ワタナベ)が6回2分47秒、WBOアジアパシフィック同級王者の保田克也(大橋)を振り切り、劇的なTKO勝ちを飾った。

「もっと遠いと思っていたけど、思っていたより距離が近かった」。試合を振り返った宇津木の言葉が大一番にかける両者の思いを表していたのかもしれない。「思ったよりやりやすい」。第1ラウンドを終え、コーナーに帰った宇津木は小林尚睦トレーナーと確認し合ったという。やることは変わらない。だからこそ、冷静に。じっくりと。

 だが、本来は懐深く構えるはずのサウスポー保田の仕掛けた距離が、結果として壮絶な戦いの呼び水となったに違いない。

 4回、先にダウンを奪ったのは宇津木の右ショートフックだった。それより前、すでにボディでダメージを負っていた保田は窮地に陥る。攻める宇津木、下がる保田。東洋太平洋王者の勝利に向かって流れが一直線に傾いた。

 そう思われた一瞬だった。保田の右フックが一閃。ぐにゃりと宇津木が崩れ落ちる。ダメージは明らか。なりふり構わず保田に抱きつき、辛うじてラウンド終了ゴングにたどり着いた。場内は騒然。勝負の行方が分からなくなる。

 5回、攻めて出たのは宇津木。コーナーに保田を追い込んでいく。次の瞬間、リングに転がったのは宇津木のほうだった。流れを切り裂いたのは、今度は左ストレート。が、WBOアジアパシフィック王者は攻めきれない。むしろ疲労の色を隠せなかった。まだ、分からない。

「ここ」というところで行けるのは素晴らしいこと。だけど、「なぜ、ここで」というところで行くから……。のちに小林トレーナーは嘆息まじりに述懐したが、これこそ、「思っていたより近かった」という距離の誘惑ではなかったか。

 6回、宇津木のドンピシャのワンツーが決まり、保田がダウン。ここは宇津木が強弱をつけて丁寧に攻める。ズルズル後退しながら、保田は起死回生の一発にかける。間隙を突いて頼みのカウンターを差し込む。が、宇津木の左フックで再び倒れ込んだ。

 それでも保田は立ち上がる。勝負所と宇津木は猛攻。保田も最後まで一発を狙ったが、一瞬、ガクッとヒザが折れたところを染谷路朗レフェリーは見逃さなかった。絶妙のストップで激闘に終止符が打たれた。

「意識したくなくても意識してしまうド派手な試合」。ライバル王者たちが繰り広げた熱い戦いを見て、心にさざ波が立たないはずはない。それも、中央大学時代の2つ上の先輩と同い年のアマチュア時代からの宿敵なのである。

 自身も12月7日、同じ後楽園ホールのリングで元日本フェザー級王者の実力者、丸田陽七太(森岡)を迎え、注目試合に臨む日本ライト級王者の三代大訓(横浜光)は冷静に言い聞かせる。

「丸田戦は、自分のボクシングを見失わないようにしないといけないですね」

ライバル対決の先に見据えるのは世界

日本ライト級王者の三代大訓。今年6月に移転した横浜光ジムの壁には世界地図の装飾が 【写真:船橋真二郎】

「それぞれの勝ちへの強い思いが試合に出たな、と感じました。あれだけのダウン数になったのも、統一戦という舞台だったからで。お互いのいいところも悪いところも出たのは、それだけ勝ちへの思いが強かったからだと思います」

 大事な試合を前に三代は感想を寄せてくれた。保田がやや前がかりになったわけ、宇津木が攻めに逸ったわけもふに落ちた。三代は実力者が衝動に突き動かされる「統一戦という舞台」への憧憬を続けた。

「自分もああいう試合をしたいわけではないですけど、ああいう舞台で試合したいなと思いました。狙ってできるような試合内容ではないと思いますし」

 国内ライト級の地域王者は2人に絞られたことになる。2冠王者の宇津木。日本王者の三代。大学時代の直接対決では三代の2勝1敗。プロでは約5年、ワタナベジムの元同門という因縁もある。

 三代がジムを移籍したときから、対戦を望む声も少なくなかった。互いをライバルと認め合い、こう三代が宇津木について熱弁したこともある。

「アマチュア時代は勝ってるけど、もともと実績では僕より宇津木のほうが上。実力は認めてるし、人間性も好きだし、ほんとのライバルと言いたいぐらいのライバル」

 ただし、まだ何も決まっているわけではない。自分のボクシングを見失わないように、と三代が自戒するのは目の前の丸田戦に向けてのことだが、それだけではないとも感じる。

 宇津木が保田のWBOの世界ランクの座に取って代わることは濃厚。この階級の世界ランカーも国内ではIBF9位の三代と2人になる。

 それでは世界に近づいたか、と言えば、宇津木の「この内容で世界とは言えない」の言葉通りだろう。難関の階級の頂付近を見渡せば、「いいところ」より「悪いところ」への不安が募るのは確か。もちろん、セコンドに付いた兄貴分の京口紘人が「勝って、反省できるんだから」と声をかけたように、厳しい戦いを勝ち抜いたからこそ、明確にされた課題を突き詰められる明日と可能性を手にしたとは言える。

 宇津木も、三代も、ライバル対決の先に見据えるのは世界。次は三代の番。「自分と結構、似たタイプ」と評するように、丸田もまたジャブを基調としたテクニックと戦術に長けた選手。どんな戦いになるのか。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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