運動部の指導者は絶対王政の王様か? 「干す」選手にとって「死」と同等にも…

中村計 松坂典洋

「干される」は投獄や死と同じ

中村 「干される」で思い出しました。2018年5月、日大アメフト部による「反則タックル問題」という事件がありましたよね。あれも運動部系のクラブの非常識ぶりが浮き彫りになった事件でした。

 試合開始早々、日大ディフェンスの選手が、関西学院大のクォーターバック(QB=司令塔の役割を果たすポジション)に対し、レイトタックルの反則行為を働きました。QBはもう完全にプレーを終えていたのでルール上、タックルはできないのですが、そこに日大の選手が猛然と突っ込んでいったんです。相手QBはまるで人形のように無抵抗に吹っ飛ばされました。

松坂 あのシーンは目を疑いましたよね。関学サイドから提出されたその動画があまりにも衝撃的だったため、この事件は瞬く間に拡散し、社会問題にまで発展しました。

中村 反則を犯した日大の選手は会見で、コーチに「監督が『QBを1プレー目で潰せば(試合に)出してやる』と言っている」と言われたと明かしています。

 確かに、体育会系の世界では「干す」という言葉が頻繁に使われるじゃないですか。日大アメフト部では、その対象に選ばれることを「はまる」と呼んでいたんです。はまった選手は、試合に出してもらえないだけでなく、言葉でも存在を否定され続け、精神的に追い込まれていく。すべての道を閉ざされ、思考能力を失ったところで、今回のようにたった一つ、救済の道を示すわけです。すると、選手として生き残るために善悪の判断もつかないまま、その道を突っ走ってしまう。ある種、カルト教団の洗脳方法に近いやり方ですよね。日大の選手は、そのときの心境を「追い詰められていたので(反則行為を)やらないという選択肢はなかった」と振り返っていました。

松坂 「干す」という言葉は選手にとって死に等しいですから。監督の指示に従うか死かという選択だったのだと思います。まさに王様のコントロール方法ですよね。

中村 人権思想の始まりと言われるマグナカルタ(1215年)がイギリスで制定されたときの争いも、とんでもない反乱だったんでしょうね。

松坂 歴史的な闘争でした。ただ、あれは家臣たちの反乱だったんです。王様があまりにも勝手なことばかりやるので、家臣たちが謀反を起こし、王様に半ば強引に六十三条からなる約束ごとに署名させた。それがマグナカルタです。その中の条文で、世界で初めて王様でさえ法の下に権力を制限させられるものなのだということが示されました。家臣たちが王に誓わせたものなので、コーチ陣の反乱くらいの捉え方の方がいいかもしれません。

中村 ひと昔前までは、それもありえなかったと思いますよ。ここ最近、大学の名門野球部でそんな噂話は聞きましたが。監督とコーチが対立して、監督が失脚したという。それも、あの監督がコーチに刃向かわれるなんてことが起こりうるのかと驚きました。僕の中では、まさに下剋上でした。

松坂 そこへいくと、フランス革命は身分の低い平民らが立ち上がったわけですから。長年、ものすごい力で抑圧されていたぶん、跳ね返りのエネルギーの総量はマグナカルタのときの争いとは比較にならなかったと思います。

 ヨーロッパ諸国の中の王室で17世紀後半から18世紀にかけて、とりわけ権力が強かったのがフランスなんです。ときの権力者、ルイ14世が「朕は国家なり」と言ったように、すべては王の意のまま。その政治体制のことを「絶対王政」と呼んでいたのです。フランス革命は、国は国民のためのものであるということを歴史上、初めて示した事件と言っていいかもしれません。それだけにドラスティックでした。

中村 今、少し背筋が寒くなったのですが「朕は国家なり」を「俺が野球部だ」と置き換えても、まったく違和感がありませんでした。

松坂 おそらく本人も学校も、そういう状態を不自然だとは思っていない気がするんです。

中村 僕も思っていなかったような気がします。

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【(c)KADOKAWA】

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