渡辺勇大「残せるものはすべて」、18歳の田口真彩を指名した理由=バドミントン

平野貴也

パリ五輪で2大会連続の銅メダルを獲得した渡辺(左)が、若手の田口とペアを組んで注目を集めた 【平野貴也】

 パリ五輪で2大会連続の銅メダルを獲得したバドミントン混合ダブルスの渡辺勇大(BIPROGY)が、なぜ別チームに所属する若手選手を新しいパートナーに指名したのか。初めて出場した大会で、その思いは伝わってきた。9月7日~11日、鳥取市で開催された全日本社会人選手権に、渡辺は18歳の田口真彩(ACT SAIKYO)と初めてペアを組んで出場。順調に勝ち進み、ベスト8以上に与えられる全日本総合選手権本戦の出場権を獲得した。優勝も期待されたが、準決勝は柴田一樹/篠谷菜留(NTT東日本)に0-2で敗戦。3位で大会を終えた。渡辺は、2度の五輪を戦った東野有紗(BIPROGY)とのペアを解消後、初めての試合だった。

 試合後、渡辺が報道各社の囲み取材に応じることになっていたが、なかなか現れなかった。様子をうかがいに行くと、鉄は熱いうちに打てと言わんばかりに、田口にレクチャーする渡辺の姿があった。ACT SAIKYOの小宮山元監督が見守る中、渡辺は、相手の返球予測やラケットの構え方、フットワークの足の運び方、配球時の声のかけ方――多岐にわたるアドバイスを、身振り手振りを交えて伝えていた。

選手をやっていられるうちに伝えたいこと

渡辺が、若手有望株をパートナーに選んだ理由の一つは、日本の未来への投資だ 【平野貴也】

 田口は、高卒1年目の選手。柳井商工高校3年だった昨季、1学年下の玉木亜弥(四天王寺高校)とのペアで世界ジュニア選手権の女子ダブルスを優勝。国内では、ACT SAIKYO加入内定選手として国内最高峰のS/Jリーグでもプレー。佐藤灯との女子ダブルスで5戦全勝。新人賞を受賞した。国内外で活躍を見せている、期待の若手だ。

 渡辺は、新ペアは自分から声をかけたと明かした。以前BIPROGYに在籍していたACT SAIKYOの小宮山監督を通じて知った部分はあるのだろうが、世界を飛び回っている渡辺が、学生時代の田口の試合をたくさん見ていたとは思えなかった。どのように知り、どんな印象を持っていたのかと聞くと、少し質問とはズレたが、なぜ、まだ未熟な部分も多い18歳と組むのかという疑問の答えが返ってきた。

「世界ジュニアも優勝しているし、今の時代だから、SNSやYouTubeもある。田口が内定選手として出場したS/Jリーグや(今年の)全日本実業団選手権も見て、素晴らしい選手だと実感するとともに、まだまだ成長できる部分もたくさんある。僕が選手をやっていられるうちは、一緒にコートに入りながらとか、相手になったりとかしながら、教えられること、伝えられることがたくさんある。僕が残せるものは、すべて残して、やり切りたい」(渡辺)

 未来を託せる可能性がある選手としての期待こそが、田口と組む理由だった。

渡辺「まだ僕自身も成長できる」

 もちろん、託すと言っても、コーチになるわけではない。渡辺は、大会前から「若手を育てるというより、一緒に成長していきたい」と繰り返していた。後述するが、所属チームの方針により、田口は混合ダブルスに関しての取材を受けなかった。そのため、1人で取材に応じた渡辺は、田口の素質や成長点に関するコメントを多く求められた。ただ、その中でも「付いていくのが結構大変。ずっと速いスピードでプレーできる選手。その分、後ろのカバーや、相手が早く返してくる球への反応など、まだまだ僕自身も成長できる」と自分自身の課題を見つけるなど、向上心は持続。若手のハングリー精神に刺激を受けているとも話し、準決勝敗退後は「やっぱり、負けたら悔しい。負けたということは、弱かったという話。勝って、強くなれるように頑張る」と選手目線を貫いていた。

田口が見せた素質と課題

田口が持っている素質は、渡辺も認めるところ。助言を生かして経験を積めば、ペアとしても大きな成長の余白がある 【平野貴也】

 プレー面においては、田口を前衛に置き、渡辺が広範囲をカバー。少しずつ狙いや意図を持たせた。それは、指導でもあり、勝つための連係強化でもあった。渡辺は、自身のプレーについて「いつもより、予測を少なめにして全体をカバーするところでは、足を使った動きや、確実に球を入れることを、いつもより意識している。僕がミスを続けてしまうと、流れも悪くなる。できる限り、全体をカバーできるように」とカバーを優先していた。

 田口は、前衛でサイドへの鋭い反応を披露。サイドを抜かれたと思ってカバーに入る渡辺と、しっかり反応できていた田口が重なる場面が散見された。ネット前に入る早さ、球への嗅覚の鋭さは、渡辺も認めるところだ。ただ、敗れた準決勝では、田口が狙われた。日本A代表を引退したばかりの篠谷は、経験豊富。「後ろに高い球を上げたら、勇大君の(強打とフェイントの)打ち分けにコントロールされる。なるべく田口に集めていったら、相手が少し引いてくれた」と低空戦を徹底したことを明かした。

 主導権争いで課題を突き付けられた。田口にしてみれば、渡辺と組むことで教わることも、A代表で活躍した篠谷と対戦したことで教わることもあったはずだ。連係部分は、まだ試合の中で1本、2本、話した内容が実現できたという程度。優れた能力を持つ田口が戦い方やトップレベルラリーに慣れ、渡辺がカバーの意識を解放して攻撃を仕掛ければ、ペアとして大きく伸びる。

田口が置かれた特殊な難しさ、渡辺の気遣い

初めてペアで挑んだ全日本社会人選手権は、3位の成績 【平野貴也】

 女子ダブルス、混合ダブルスの2種目でベスト4となった田口は、試合後、敗戦のショックに加えて頭と心の疲労で放心状態だった。スタンドから無数のスマートフォンが向けられていたことは、チームが取材回避を選んだ一つの理由だった。渡辺は、パリ五輪で銅メダルを獲得。テレビ出演も増えて注目度が高まったが、必然性がある。しかし「渡辺の新パートナー」として急に注目を集めた田口は、女子ダブルスでも延々と撮影され、違和感を覚えていた。

 1日で1種目2試合、つまり1日で4試合をこなす過密日程も障壁で、田口は「スタミナというより、種目ごとの頭と身体(動き)の切り替えが大変。(試合後)すぐ試合に入ってしまうので、切り替える能力も大事」と苦戦。しかし、渡辺は「緊張もあったと思うし、2種目の疲労もあると思う。でも、一応、僕は1年目でこの大会で2冠しているよと言っておきました」と、ちょっと意地悪っぽく笑っていた。乗り越えろというエールだろう。記念撮影でも肩を落とす田口に「笑えよ」と声をかける姿があった。

 このペアが長く続くかは未定だ。田口は「ジュニア(の日本代表)でミックスをやっていたこともあり、(2種目)やりたいとチームに伝えていたけど、パートナーがいなければ、女子ダブルスに専念しようと思っていた。小宮山さんからは、やるなら両種目、同じ熱量と目標と言われた」と話した。混合に専念する選択肢はなさそうだ。現状では、渡辺が山口まで練習に行かねばならず、それらの活動が、渡辺の所属チームの理解を得て継続可能かどうかなどの問題もある。それは、田口に混合ダブルスについて話す機会を与えなかった、もう一つの理由でもあった。

 渡辺は、大会を終えた段階で「いったんは(12月の)全日本総合まで。そこでどんな結果、パフォーマンスだったかも判断材料になる」と話した。全日本総合は、来季の日本代表の選考を兼ねる大会だ。その間には、10月のデンマークオープンなど海外遠征もある。先行き未定ではあるが、銅メダリストと期待のルーキーのペアが、どのような化学反応を見せるかは、楽しみなところだ。
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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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