逆境は医学で乗り越える! / 山形大学医学部・辻純育

全日本大学準硬式野球連盟
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 山形大学医学部。近年の東北リーグで上位の常連となり、一昨年は清瀬杯にも出場した実力校だ。個人においても東北選抜や東日本選抜を毎年輩出する、タレント揃いのチームである。文武両道を掲げる準硬式野球において、医学部のチームがリーグに参戦すること自体は珍しくない。しかし、ここまでの強さを誇るチームは全国的にも稀だ。その強さの秘訣はどこにあるのか。
 今回は、そんな“文武両道集団”の実態を探るべく、キャプテン・辻純育(山形大学医学部・3年=海城)に話を聞いた。

異色の医学部野球部

 まず触れておきたいのは、山形大学医学部が決して恵まれた環境で野球をしているわけではないという点だ。指導者はおらず、専用の野球場もない。医学部ならではの多忙なカリキュラムのため、練習時間も限られている。
 さらに、使用するグラウンドは他の部活と共用であり、病院に隣接しているためドクターヘリの臨時着陸場所としても使われる。加えて、山形の冬は雪に覆われるため、そのグラウンドすら使用できないことも多い。
 そんな厳しい環境で、彼らが武器にしたのが“医学知識”だった。
「手の内在筋のバランスが~」、「関節の回内/回外を意識して~」、など、練習中には数多くの医学用語が飛び交う。
「専門用語のほうがお互いの意図が理解しやすい。理解度も高まりますし、学んだことを野球に活かせるのはとても楽しいですね。」と辻。

準硬だからこそ伸びた“強み”

 しかし、彼らの強みは医学知識だけではない。むしろ彼らの強さを根本で支えているのは、準硬式だからこそ育まれた“自主性”だろう。 チームに指導者はいない。そこで、SNSを通じて知ったトレーナーのもとを訪ねたり、病院が母体の社会人野球チームの選手に話を聞きに行くなど、自分から優れた理論に触れようと行動を起こしてきた。

SNSなどを駆使してアポイントを取り、自ら足を運び指導を受けに行く 【全日本大学準硬式野球連盟】

 上から指導する人がいない分、学生同士の議論も活発だ。先輩後輩が入り混じり、積極的にミーティングを開いて課題や良いところを共有し合う。
 この自主性について辻は、 「自分から考えて野球をするという経験を、高校まではあまりしてこなかった。一方で大学準硬式には、誰からも強制されるわけではないが、真剣に野球をしたいという人が集まっている。時間も資源も限られている中で野球をするにあたって、自由で自主性の強い準硬式という競技とは相性が良かったですね。」と語る。

冬を乗り切るための“自作移動式マウンド”

 さらに辻は、山形の冬を乗り切る秘策としてあるものを自作したという。それがこの“移動式マウンド”である。

辻が自作した可動式マウンド。 【全日本大学準硬式野球連盟】

「冬は雪でグラウンドが使えず、体育館の中でピッチング練習をするしかなかった。これで冬の間も投げ込みができるようになりました。」 もっとも既製品を購入することもできるが、安いものでも8~10万円ほどである。しかし使える予算も決して多くない。そこで辻は自ら木工職人のもとを訪ねて手作りし、3万円ほどに抑えたという。ヒトもモノもカネもない。それでも彼らは環境を言い訳にせず、自分たちの手で逆境をたくましく乗り越えてきた。

作業場にてマウンドを作る辻。設計図や模型の作成、木材の加工など、全て自ら手作業で行った。 【全日本大学準硬式野球連盟】

先輩の置き土産と、見つけた理想のキャプテン像

 辻は今の山形大学を「とてもいい雰囲気」と語る。そこには先輩たちの影響が少なからずあった。 2022年の秋季リーグ戦。当時5年生だった金原広汰や齋凌矢(ともに現在は社会人硬式野球チームB-net/yamagata所属)らが引っ張るチームは、創部初のリーグ優勝を成し遂げた。翌春は惜しくも準優勝に終わったものの、清瀬杯に出場。金原と齋は今でも都市対抗予選で登板するなど活躍を続けており、間違いなく今の山形大学の基盤を築いた世代である。

2022年の秋季リーグ戦優勝メンバー 【全日本大学準硬式野球連盟】

 そこからチーム内では「おれたちもやれる」というポジティブな感情が芽生え始めた。その自信は実力にもつながり、以降のリーグ戦でも上位の一角を占めるようになった。
「岩手県で菊池雄星が活躍した後に大谷翔平が出てきたような。大袈裟かもしれませんが、そのくらいの勢いと自信は浸透していますね。」
偉大な先輩たちの背中を負い、自信を高めた山形大学。そんなチームをまとめるキャプテンとして、いま辻が最も気にかけているのが「橋渡し」の役割である。
「先輩たちには力があるが、だからといって後輩たちには萎縮してほしくない。どんどん意見交換してほしいし、モノを言える空気であってほしい。先輩・後輩のどちらも知っている自分だからこそ、下級生と積極的にコミュニケーションをとっているつもりです。」

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 その背景には、1年生から6年生までが在籍し、部内の年齢差も大きいという医学部ならではの事情もあるのだろう。 国立大の医学部野球部という、逆境も多い環境においてキャプテンを務める辻。しかし本人は気に留めるどころか、かえって野心を燃やす。
「医学部をハンデに思ったことは一度もないです。頭を使うことで野球は全く違うものになるし、私立の強豪校とも互角に戦うことができる。むしろそこが野球の良さだと思います。」

 設備はない、時間もない。そんな困難を克服したのは、準硬という自立した環境下で育まれた自主性と、自分の強みを存分に生かす考え方だった。野球というスポーツの面白さをもっとも味わっているのは、彼らなのではないだろうか。

(文:白村崇/東北大学4年=旭丘)
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著者プロフィール

準硬式野球は大学軟式野球競技として昭和20年代にスタートして以降、大学スポーツとして歴史を重ねてきました。2023年現在は約270校、約9400人が加盟。『学業とスポーツの両立』を体現するため、文系・理系・医歯薬系を問わず学生は活動しており、大学の講義・実験・実習を最優先にしてから本気で野球に取組んでおります。また、野球経験を問わず、未経験者、ソフトボール経験者、軟式経験者、女子選手などを積極的に受け入れ、ダイバーシティ・インクルージョンを実現しております。

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