富永啓生『楽しまないと もったいない』

富永啓生、最終学年のマーチ・マッドネス 初戦で「涙」も、主役になったスリーポイント・コンテスト

ダブドリ編集部

【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 パリ五輪では3試合でわずか8分の出場と不完全燃焼に終わった富永啓生。しかし、富永にとってこれは初めての挫折ではなかった……。

 2018年のウインターカップで得点王に輝いた富永は、高校卒業後に活躍の場をアメリカに移した。レンジャー・カレッジでの活躍が認められ、2021年にはNCAAディビジョンIのネブラスカ大学へ転入する。しかし、このネブラスカ大学の1シーズン目に、キャリア初のローテ落ちを経験することになるのだった。

 ネブラスカ大学での3シーズンを軸に家族との絆やワールドカップなど思い出を振り返る富永の自叙伝『楽しまないと もったいない』には、1シーズン目の挫折からエースとしてチームをNCAAトーナメント出場に導いた3シーズン目の活躍に至る過程が赤裸々に綴られている。

 パリ五輪での経験をバネに、夢であるNBA入りを達成する。そんな富永の姿を信じたくなる一冊だ。

 この連載では、同書の中から富永の成長の過程とそれを支えた考え方を紹介していく。

マーチ・マッドネスは初戦で散る

「泣いている姿がSNSで拡散された後、ネブラスカのガードは言った。アスリートが見せる脆さはむしろ讃えられるべきだと」

 アメリカの主要メディアの一つ、NBCにこんなタイトルの記事が載った。ネブラスカがマーチ・マッドネスの初戦で敗退した三日後のことだった……。

 マーチ・マッドネスが始まる前、フレッドは平常心を強調した。

「舞台が変わるだけだ。いつも通り自分たちのプレーをしよう」

 僕たち選手側もシニアとジュニアが主体のベテランチームらしく、浮き足だってはいなかったと思う。準備にもぬかりは無かった。

 相手のテキサスA&Mは身体能力の高い選手が揃っており、今シーズンはトータル・リバウンドとオフェンシブ・リバウンドで全米トップを記録した。

 弱点はスリーポイントで、チーム全体の平均成功率が28.4%とマーチ・マッドネス出場校とは思えない低さである。

 スリーポイントは入らないが、外しても果敢にオフェンシブ・リバウンドに飛び込んでプットバックを決める。それが彼らのスタイルだ。

 オフェンシブ・リバウンドを取られないためにはボックスアウトを徹底する必要がある。

 しかし、それ以前に重要なのは簡単なシュートを打たせないことだ。特に彼らのように身体能力の高い選手が集まるチームにトランジションで走られると厄介である。走ってスペースを使われると能力の差が出やすい。それにトランジションの展開ではクロスマッチが発生しやすいから、オフェンシブ・リバウンドも取られやすくなる。

 相手を走らせない。そのためには、まずは自分たちのオフェンスをいいシュートで終えることが大事である。僕たちはスカウティングで得た情報を頭に叩き込んでしっかりと準備に励んだ。

 序盤はこちらの思惑通りに進んだ。

 自分たちのポゼッションをシュートで終え、しっかりとディフェンスに入った。僕も試合開始早々にスリーポイントを三本沈めることができた。

 しかし、思えば僕たちのリードで進んだ試合序盤からすでに異変は起きていた。僕たちは相手にプットバックを許していなかったが、それは僕たちのボックスアウトが効いていたからではなかった。

 相手がスリーポイントを沈めてきたのだ。

 均衡が崩れたのは、前半残り8分24秒のことだった。

 相手のエース、ウェイド・テイラー4世が早くもこの日五本目のスリーポイントを沈める。スリーポイントを決められると、ディフェンスはボールマンとの距離を詰めざるを得ない。しかしテキサスA&Mには身体能力の高い選手が揃っているので、無闇に距離を詰めればドライブを許すことになる。

 スリーポイントを警戒せざるを得なくなった僕たちを尻目に、テキサスA&Mはカウンタードライブ、そしてお得意のプットバックで簡単に加点していく。

 44対58と、僕たちは14点ビハインドでハーフタイムを迎えた。

 テキサスA&Mのスリーポイント成功率が上振れしたことがこの点差の原因なのは明らかだった。そこでハーフタイムでは二択を迫られることになった。試合前のプランを捨ててスリーポイントラインを守りにいくか、それとも後半は確率が収束して相手のスリーポイントが落ちると予想するか。

 フレッドは後者に賭けた。

「相手のスリーポイントが入り続けるとは思えない。試合前のプランを遂行し続けよう」

 しかし、結果的に見ればこれが裏目に出た。いや、裏目に出たというよりは相手を褒めるべきだろう。大事な試合で苦手なスリーポイントを決め続けたのは敵ながら天晴れだ。

「やられたらやり返す」

 とは言え僕たちも簡単に諦めるわけにはいかなかった。そんな気持ちが出たのが後半残り16分のブロックショットだ。

 ピック・アンド・ロールからジョザイアを押し込んでゴール下のシュートを狙ったソロモン・ワシントンをドンピシャのタイミングでブロックした僕は、“GIMME DAT SHIT !!”とワシントンに叫んだ。

 ワシントンは試合中ずっとトラッシュトークをしながら、体をぶつけてきたり叩いてきたりとラフなプレーを続けていた。

「早く日本に帰りやがれ」

 僕は自分からトラッシュトークを仕掛けることはないが、やられたらやり返すタイプだ。誰にトラッシュトークしているのかわからせてやる。そのチャンスを物にしたのが、このブロックショットだったのだ。

“GIMME DAT SHIT”はブロックした時の定番フレーズで、日本語にすれば「そのボールは俺のもんだ、よこしやがれ」といったニュアンスだろうか。定番フレーズだが、あまりにも相手の至近距離で叫んだのでテクニカルファウルを取られてしまった。

 しかし、相手にも、そしてネブラスカのチームメイトたちにも僕のメッセージは伝わったと思う。

 どんなに劣勢でも僕たちは諦めない、と。

 僕たちは最後まで激しく戦い続けたが、結局試合終盤はテキサスA&Mに時間と点差をコントロールされてしまった。

 冒頭のNBCに取り上げられた涙のシーンは、この試合残り2分で交代を告げられ、ベンチでフレッドと抱擁した後のことだ。

 記事のタイトルにあった「讃えられるべきだ」という言葉は、僕の言葉のようであって実はそうではない。そういう答えを誘導するような質問を受けて出てきた言葉だ。

 僕はただ自然と自分の中に湧き上がってきた感情に従っただけに過ぎない。

(ああ、フレッドの下でプレーできるのはこれで最後なんだ)

 抱擁の瞬間、そんな思いが込み上げてきたのだ。

 僕は泣きながらベンチで試合終了の瞬間を見届けることになった。

 スリーポイント5本を含む21得点を記録したが、トーナメント初戦の壁は高かった。

 次のステージに行くためには、どうステップアップしていけばいいだろう。まずはもっとコンスタントにミッドレンジのシュートを決めなくてはならないな……。

 すっきりと感情を流し切ると、僕はすぐに次の舞台へとフォーカスを切り換えた。

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著者プロフィール

異例の超ロングインタビューで選手や関係者の本音に迫るバスケ本シリーズ『ダブドリ』。「バスケで『より道』しませんか?」のキャッチコピー通り、プロからストリート、選手からコレクターまでバスケに関わる全ての人がインタビュー対象。TOKYO DIMEオーナーで現役Bリーガーの岡田優介氏による人生相談『ちょっと聞いてよ岡田先生』など、コラムも多数収載。

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