バレー代表・岩崎こよみが伝える「労ることの大切さ」 子どもたちへの指導を通して感じたオリンピアンの役割

田中夕子

2泊3日のバレーボールキャンプに講師として参加した岩崎こよみ(中央奥) 【写真提供/花井政浩,TUS】

 パリ五輪閉幕から間もなく3週間が経とうとしている。

 バレーボールに目を向ければ、国内外でのリーグ戦に向け続々始動する選手も多い中、パリ五輪に初出場した女子バレー日本代表のセッター、岩崎こよみは8月16日から18日まで行われたバレーボールキャンプに講師として参加した。

 五輪を終えた直後で、帰国から息つく暇もなく2泊3日での開催。「バレーボールを教えるのはもともと好き」と言うものの、これまで五輪に向けて走り続けた日々を振り返れば、もう少しゆっくり休めてもいいのではないか、と考えるが、岩崎自身は「自分にとっても本当にいい経験だった」と笑みを浮かべる。

「チーム(所属する埼玉上尾メディックス)で行うバレー教室は、基本的に上尾市の小中学生を中心に、参加する子たちも学校単位。指導者の方がセッティングしてくれることが多いんですけど、今回のキャンプは学校単位だけでなく、私や(主催する)塚田(圭裕)さんのSNSでの告知を見て個人で応募してくれた子も多かったんです。『上手になりたい』と思って参加して、それまでは全く知らなかった子たち同士、男子と女子でそれぞれ大部屋に泊まって、スーパー銭湯に行ったり、みんなでご飯を食べたり。本当に“キャンプ”なんです。最終日の振り返りで『朝起きてから寝るまでずっと楽しかった』と言う子もいて、そういう姿がすごくいいな、と思ったし、このチャンスがなければ巡り合えなかった。私にとっても貴重な時間でした」

 バレーボールの技術指導や、身体の使い方。プログラムのメインは技術指導だが、参加する子どもたちからすれば、目の前にいるのはオリンピック選手という非現実的な世界だ。

「オリンピック、どうでしたか?」
「選手村、本当に大変だったんですか?」

 子どもたちの質問は、いつも直球で、目を輝かせながらの真っすぐな問いかけに、岩崎は笑顔で真摯に答えた。

 暑かったり、食堂が遠かったり、確かに不便もあったこと。でもそんなことも忘れるぐらい、やはり特別な場所だったこと。子どもたちと同じように、真っすぐ、岩崎も胸を張る。

「出てよかった、と思える大会。私はオリンピックに出られてよかった、と思っているよ」

五輪は「よかった、しかない」

パリ五輪では全試合でスタメン出場を果たした 【写真は共同】

 5月から6月にかけて開催されたネーションズリーグで準優勝。五輪出場権を得ただけでなく、準決勝でブラジルを打破しての決勝進出という劇的な展開に、大会前は男女共にバレーボール日本代表はメダル候補として期待を集めた。

 だが、同じ国際大会とはいえ五輪は別もの、と言う人々が多くいるように、7月26日に開幕したパリ五輪に立つ各国選手たちの表情はそれまでと全く違っていた。ネーションズリーグではフルセットの末に勝利したブラジルも、1次リーグの2戦目で対峙した時は目の色も気迫も全く違う。ストレートで敗れる苦しい展開を招き、日本は最終戦のケニアに勝利したがセット率の差で上位8位に入ることができず、1次リーグ敗退を喫した。

 結果だけを見れば、満足いくものではない。だが、岩崎は繰り返す。

「よかった。私にとっては、よかった、しかないですね。結果は皆さんの期待に応えることができなかったし、自分たちの目標にも届かなかった。それはすごく申し訳ないな、と思うし、体力的にも精神的にもすごくしんどかったですけど、それでもオリンピックに出られてよかった、と私は思います」

 小学生からバレーボールを始め、下北沢成徳高ではスパイカーとしてプレー、アンダーカテゴリー日本代表にも選出され、パイオニアに入団し2年目にセッターへ転向。その後国内では埼玉上尾でキャリアを重ねただけでなく、18年にはイタリアへ渡り、ラルディーニ・フィロットラーノでプレーした。日本代表としても17年のワールドグランドチャンピオンズカップや18年の世界選手権にも出場、数々のキャリアを重ねてきたが、根底にあったのは好きで続けてきたバレーボールを、できる限り長く続けたい。そして常に「うまくなりたい」という思い。

 セッターとしてはアタッカーの打点を活かし、より打ちやすいトスを供給することに努め、3位でフィニッシュした上尾での昨シーズン、リーグでの最終戦、3位決定戦の後にはこんな言葉も残してきた。

「今まではどんな局面でも『自分がやらなきゃ』『自分でどうにかしなきゃ』と考えて、行動してきました。背負って来たわけではないですけど、人に頼ることがうまくできなかった。でも今シーズンはベンチからの声とか、周りの声、うまく人を頼って、自分だけ、視野が狭くならずにプレーすることができるようになりました」

 劣勢でも攻勢でも動じず、コートの中でばたつかない。伸びのあるトスだけでなく、周囲にもたらす安心感も武器に、今季はネーションズリーグから日本代表の正セッターとなり、パリ五輪でもすべての試合でスタメン出場を果たした。

 岩崎も言うように、求めた結果には届かず、苦しいことも多かった。やり遂げた、とは言えないかもしれないが、今まで積み重ねてきたこと、今できることはやり切った。

1/2ページ

著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント