週刊MLBレポート2024(毎週金曜日更新)

リーグ屈指の強肩捕手もうなる盗塁技術 成功率100%を維持する大谷流「盗塁の極意」

丹羽政善

大谷はなぜ盗塁がうまいのか

 さて、その5月21日のダイヤモンドバックス戦で、大谷は2盗塁を決めた。2点を追う四回は二塁打を打った後、スアレスが守る三塁へ。これは悪送球となって、大谷はそのまま生還した。3点ビハインドの六回は1死二塁で一、二塁間を破る適時打を放ち、さらに二盗に成功。続くウィル・スミスの適時二塁打で1点差とした。

 いずれも僅差の展開で決めたことに価値があったが、それだけではなかった。

 マウンドにいたブランドン・ファートのクイックは、決して速くもないが、遅くもない。チャンスはないこともないという投手だが、ダイヤモンドバックス戦で盗塁を決めるとしたら厄介なのは、捕手のガブリエル・モレノなのだ。

 彼は昨年、ゴールドグラブを受賞。盗塁阻止率39%はリーグトップだった。今年もあの試合前の段階で35%。また、彼のポップアップタイム(捕球してから二塁ベース上に送球が到達するまでの時間)は1.86秒でリーグ2位タイ。三塁へのポップアップタイムは1.48秒でリーグ7位タイ。つまり、動きが素早く、かつ強肩。リーグでも最も盗塁しにくい捕手の一人なのである。

 大谷は、そのモレノにこう言わせた。

「翔平はどうやって盗塁をするか、よくわかっている」

 ドジャースのクレイトン・マカラフ一塁ベースコーチは、「盗塁をする選手のタイプは、大きく分けて2つだ」と指摘する。

「先日のレッズ戦(5月16日のドジャース戦)で、(エリー・)デラクルーズが4盗塁を決めたけど、彼には圧倒的なスピードがある。そうして、スピードを活かすタイプがまず、ひとつ」

ナ・リーグトップの30盗塁をマークしている、レッズのエリー・デラクルーズ 【Photo by Dylan Buell/Getty Images】

 投手が投球動作を始めてから、捕手の送球が二塁に達するまでの時間は平均で約3.3秒である。投球動作の始動から、捕手のミットに達するまでの時間は公表されていないが、それは一塁コーチがストップウォッチで計測する。1.1秒台ならかなり速い。1.3秒前後が平均。 さきほど紹介したポップアップタイムは、走者が二塁へスタートを切る場合の平均が2.0秒。合わせて3.3秒。

 ポップアップタイムが2秒を切るなら多くがスタートを切るのをためらうが、いずれにしても、走者の二塁到達タイムが、投手のクイックと捕手のポップアップタイムを上回るなら、セーフになる確率は高くなる。デラクルーズのようなスピードがあれば、そのケースは少なくない。

 ところが盗塁は、決して足の速さだけで成否が決まるわけではない。

「翔平のように相手の癖などを読み、かつ走塁技術に長けている選手がいて、それが2つ目のタイプだ」とマカラフコーチは言う。

「投手をよく観察しているから、スタートがうまい。また、一歩目からうまく加速できる術を知っている」

 それはモレノの言葉を裏付けるが、実際、大谷のトップスピードは決して速くはない。STATCAST(ホークアイを用いたMLB独自のデータ解析ツール)のデータが掲載されているBaseball Savantによると、スプリントスピードは28.2feet/secで、リーグでは92位タイだ。デラクルーズはリーグ3位タイの30.02feet/sec。

 ところが、打席から一塁までの平均タイムは4.11秒で、大谷はリーグ5位タイである。デラクルーズは4.27秒。彼の場合、スイッチヒッターなので右打席でのタイムも含まれる。よって単純比較できないが、今季10盗塁以上をしていて失敗がないのは、19人中大谷を含めて3人だけ。100メートルの勝負なら勝てなくても、90feetという塁間なら、スピードを補う術を彼は持っている。

大谷が語る、盗塁に必要な要素

 06年から07年にかけて45回連続で盗塁を成功させたイチローさんも現役時代、よくこんな言葉を口にしていた。

「僕より足が速いやつなんて、いくらでもいる」

 足が速いからといって、必ずしも走塁がうまいわけではない。必ずしも盗塁でセーフになるわけではない。

 大谷も盗塁に必要な要素について聞かれると、「やっぱり、スタートがすべてじゃないかな」と言った。それが、コンマ1秒を争う世界の極意。

「スタートを切るタイミングと勇気が一番」

 なお、大谷が米データサイト「ファングラフス」のWAR (Wins Above Replacement=その選手が、最低限のコストで代替可能な選手と比べて、どれだけチームの勝利数を増やしたかを、投手成績、あるいは打撃成績などから算出)を「3.2」まで上げ、ナ・リーグトップに立っている(5月22日試合終了時)。

 指名打者の彼は、守備での評価がマイナスになる。しかし、WARはオフェンスの成績に加えて、走塁能力も加味される。歴代の指名打者の場合、決して走塁能力が高くないので、WARの数値も伸びなかった。WARは、MVP(最優秀選手)に投票する上で多くの記者が参考にするが、大谷は走塁で守備のハンデを埋めている。

 かつて、指名打者がMVPを獲得したケースはない。オフェンスでしかチームに貢献していない、とみなされたからだ。しかし、大谷には突出した打撃成績に、走力が加わる。ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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