リーグ屈指の強肩捕手もうなる盗塁技術 成功率100%を維持する大谷流「盗塁の極意」
大谷はなぜ盗塁がうまいのか
いずれも僅差の展開で決めたことに価値があったが、それだけではなかった。
マウンドにいたブランドン・ファートのクイックは、決して速くもないが、遅くもない。チャンスはないこともないという投手だが、ダイヤモンドバックス戦で盗塁を決めるとしたら厄介なのは、捕手のガブリエル・モレノなのだ。
彼は昨年、ゴールドグラブを受賞。盗塁阻止率39%はリーグトップだった。今年もあの試合前の段階で35%。また、彼のポップアップタイム(捕球してから二塁ベース上に送球が到達するまでの時間)は1.86秒でリーグ2位タイ。三塁へのポップアップタイムは1.48秒でリーグ7位タイ。つまり、動きが素早く、かつ強肩。リーグでも最も盗塁しにくい捕手の一人なのである。
大谷は、そのモレノにこう言わせた。
「翔平はどうやって盗塁をするか、よくわかっている」
ドジャースのクレイトン・マカラフ一塁ベースコーチは、「盗塁をする選手のタイプは、大きく分けて2つだ」と指摘する。
「先日のレッズ戦(5月16日のドジャース戦)で、(エリー・)デラクルーズが4盗塁を決めたけど、彼には圧倒的なスピードがある。そうして、スピードを活かすタイプがまず、ひとつ」
ナ・リーグトップの30盗塁をマークしている、レッズのエリー・デラクルーズ 【Photo by Dylan Buell/Getty Images】
ポップアップタイムが2秒を切るなら多くがスタートを切るのをためらうが、いずれにしても、走者の二塁到達タイムが、投手のクイックと捕手のポップアップタイムを上回るなら、セーフになる確率は高くなる。デラクルーズのようなスピードがあれば、そのケースは少なくない。
ところが盗塁は、決して足の速さだけで成否が決まるわけではない。
「翔平のように相手の癖などを読み、かつ走塁技術に長けている選手がいて、それが2つ目のタイプだ」とマカラフコーチは言う。
「投手をよく観察しているから、スタートがうまい。また、一歩目からうまく加速できる術を知っている」
それはモレノの言葉を裏付けるが、実際、大谷のトップスピードは決して速くはない。STATCAST(ホークアイを用いたMLB独自のデータ解析ツール)のデータが掲載されているBaseball Savantによると、スプリントスピードは28.2feet/secで、リーグでは92位タイだ。デラクルーズはリーグ3位タイの30.02feet/sec。
ところが、打席から一塁までの平均タイムは4.11秒で、大谷はリーグ5位タイである。デラクルーズは4.27秒。彼の場合、スイッチヒッターなので右打席でのタイムも含まれる。よって単純比較できないが、今季10盗塁以上をしていて失敗がないのは、19人中大谷を含めて3人だけ。100メートルの勝負なら勝てなくても、90feetという塁間なら、スピードを補う術を彼は持っている。
大谷が語る、盗塁に必要な要素
「僕より足が速いやつなんて、いくらでもいる」
足が速いからといって、必ずしも走塁がうまいわけではない。必ずしも盗塁でセーフになるわけではない。
大谷も盗塁に必要な要素について聞かれると、「やっぱり、スタートがすべてじゃないかな」と言った。それが、コンマ1秒を争う世界の極意。
「スタートを切るタイミングと勇気が一番」
なお、大谷が米データサイト「ファングラフス」のWAR (Wins Above Replacement=その選手が、最低限のコストで代替可能な選手と比べて、どれだけチームの勝利数を増やしたかを、投手成績、あるいは打撃成績などから算出)を「3.2」まで上げ、ナ・リーグトップに立っている(5月22日試合終了時)。
指名打者の彼は、守備での評価がマイナスになる。しかし、WARはオフェンスの成績に加えて、走塁能力も加味される。歴代の指名打者の場合、決して走塁能力が高くないので、WARの数値も伸びなかった。WARは、MVP(最優秀選手)に投票する上で多くの記者が参考にするが、大谷は走塁で守備のハンデを埋めている。
かつて、指名打者がMVPを獲得したケースはない。オフェンスでしかチームに貢献していない、とみなされたからだ。しかし、大谷には突出した打撃成績に、走力が加わる。ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。