連載:最先端レフェリング論

[金曜特別コラム]最先端レフェリング論(1) サッカーの誤審に怒る前に知っておくべきカラクリ

木崎伸也

「主審のミスを見逃さない」という風潮

最大のトレンドになりつつあるのが「主審のミスを見逃さない」という空気感だ 【Photo by Stu Forster/Getty Images】

 かつて1982年W杯で笛を吹いたドイツ人主審、ヴァルター・エッシュヴァイラーはこんな名言を残した。

「審判という仕事への報酬は、この世に存在する金品では支払えない」

 審判がサッカーの試合で果たしている貢献には、お金には換算できない価値があるという意味だ。

 現代はサッカーの商業化が右肩上がりに進み、さらにSNSによって一シーンが切り抜かれる文化が生まれたことで、審判にかかるプレッシャーが爆発的に大きくなっている。エッシュヴァイラーの言葉がますます重みを増しているだろう。

 そういう中、最大のトレンドになりつつあるのが「主審のミスを見逃さない」という空気感だ。

 言うまでもなく、大きく影響しているのがVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の存在だ。

「明白な間違い」にしか介入しないのがVAR

Jリーグでは19年のルヴァンカップ準々決勝でVARが初めて導入された 【(C)J.LEAGUE】

 2016年にクラブW杯でVARが公式戦で初めて使用され、Jリーグでは2019年のルヴァンカップ準々決勝で初導入。2021年からJ1全試合でVARが使用されるようになった。

 VARの最大の目的は、ざっくり言えば「重大な間違い」をなくすことで、「得点」と「退場」に関わる誤審をなくすためのものだ。

 2010年W杯決勝トーナメント1回戦ドイツ対イングランドにおいて、ランパードのシュートが明らかにゴールラインを割っていたにもかかわらずノーゴールと判定されて「世紀の誤審」と呼ばれたが、VARを使えばそういう明白な誤審は高確率で防げるようになった。

 2006年W杯決勝イタリア対フランスで、ジダンがマテラッツィに頭突きを食らわせて退場になったが、実は主審と副審は気づいておらず、第4審判がピッチ脇の画面をのぞき見て無線で連絡したという経緯があった。第4審判も画面を見てはいけない規則なので厳密に言えばルール違反なのだが、ビデオ判定を先取りした例と言える。

 しかし、映像によって明白なミスを防げるようになった一方で、「議論が分かれるジャッジ」が増えるという副作用が生まれている。

 スピード違反を取り締まる道路交通法とは異なり、サッカーの競技規則は接触時の速度や腕の角度といった「厳密な数字」が書かれているわけではない。審判の主観に委ねられている部分があり、ファールと非ファールの間には小さくないグレーゾーンが広がっている。

 つまり映像を使えたとしても、「どちらとも言えるシーン」は試合の中でいくらでも起こりうる。だからこそVARは「明白な間違い」にしか介入しないのだが、イメージが一人歩きして「判定が合っているかを取り締まる」という新たな視聴習慣が生まれた。

「議論が分かれるジャッジ」はゴールやシュートと同じレベルの重大イベントとして扱われるようになり、かつてないほどに審判の「ミス疑い」がメディアやSNSで取り上げられる時代になった。

 しかし言うまでもなく、審判がいなければサッカーの試合は成立しない。

 このまま正義を振りかざして審判を追い詰め続けたら、いつか誰もピッチで笛を吹きたがらなくなってしまうだろう。

 実際、ドイツのアマチュアサッカー界では主審の数がここ10年で半分になったと報じられている。試合後に「おまえの駐車場はわかっているぞ」といった脅迫を受けることが原因と言われている。

 日本でも報じられていないだけで、悪質な嫌がらせがあるかもしれない。日本サッカーの発展には、間違いなく審判への理解、リスペクト、サポートが不可欠である。

審判を厳しく評価しているアセッサー

JFA審判マネジャーの佐藤氏(左)と同審判部の太田氏への取材から、「審判について知っておくべきこと」が3つ浮かび上がってきた 【スポーツナビ】

 スポーツナビでは、本日より全7回にわたって審判をテーマにした原稿を毎週金曜日にお届けする。第1回は基本編として、日本サッカー協会(JFA)審判マネジャーの佐藤隆治とJFA審判部の太田光俊にインタビューを行った。

 今回、3つの「審判について知っておくべきこと」が浮かび上がってきた。

 1つ目は「審判は専門家から厳しく採点されている」ということだ。

 太田は解説する。

「Jリーグでは毎試合、第三者的立場で審判を評価する『アセッサー』がいます。アセッサーが審判を採点して、フィードバックのためのレポートを提出します。J2とJ3の試合では審判員を引退された方が現地に行って採点し、J1ではビデオアセスメント形式を導入しています。計6人のアセッサーがJ1全試合の映像を見て採点し、会議を開いて担当した試合の評価を定めます。

実際にJリーグでアセッサーが使用している審判を評価するシート 【資料提供:JFA】

 1試合ごとの評価を積み上げ、試合以外の要素も含めて総合的に評価し『あなたの1年間の評価はこうでした。来年J3からJ2に上がってください』という感じで年間の評価にします。プロフェッショナルレフェリーであれば、年俸の判定にも用いています」

 評価で大事にしているのは長期のパフォーマンスだ。2022年シーズンまで16年間にわたってJリーグで笛を吹いてきた佐藤がこう補足する。

「選手と同じで、1試合だけ見たら評価が高いときもあれば、そうでないときもある。大事なのは年間を通して高いパフォーマンスを維持すること。1年通して見たときに、J1に上がって活躍してほしいのか、一度下のカテゴリーで経験を積んだ方がいいのかを判断するための客観的資料として使っています。

 基本的に他国も同じような評価システムを導入しているんですが、イングランドが興味深いのはアセッサーに元選手も起用していることです。競技規則の理解などのベースをしっかり固めなければならないので鵜呑みにすべきではありませんが、今後日本でも審判経験者以外の人をアセッサーに入れると視点が広がりそうです」

1/2ページ

著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント