ジェフ・フレッチャー著『SHOーTIME2.0 大谷翔平 世界一への挑戦』

誤報で混乱も起こった大谷翔平の移籍問題 ドジャースと「異例の巨額契約」に反響は?

ジェフ・フレッチャー
 エンゼルスの番記者のジェフ・フレッチャーが綴る、現在進行形の生きる伝説の舞台裏!
 二刀流・大谷翔平のMLBの2022年シーズンから始まり、2023年シーズンとWBC優勝、そして新天地移籍までの舞台裏を追ったノンフィクション。
 アーロン・ジャッジ、マイク・トラウトといった、強力なライバル&盟友らの背景や生い立ちなど、アメリカのベテラン記者ならではの視点で描かれた「大谷本」の決定版!!

 ジェフ・フレッチャー著『SHOーTIME2.0 大谷翔平 世界一への挑戦』から、一部抜粋して公開します。

世界を驚かせた契約条件

【USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 野球記者一同は、大谷が南カリフォルニアからまったく離れていなかったというニュースを配信し始めた。

 大谷のチームメイトも、全米野球記者のバスター・オルニーに対して、「この話は最初から怪しいと思っていた、なぜなら、長時間眠り、起きるのも遅い大谷が、朝9時に出発するような飛行機を選ぶはずがないからだ」と指摘した。

 その日の晩、モロシは不正確な報道をしてしまったことにより、謝罪声明を出した。数日後には、ホーンストラも同じく謝罪した。

 この騒動により、一種の陰謀論がささやかれるようになった。ハージャベックが、大谷と同じクリエイティブ・アーティスツ・エージェンシー(CAA)に所属しているからだ。

 CAAはハージャベックのトロント行きフライトを利用して、ドジャースにもっと高額と好条件を出させようと揺さぶりをかけたのか。ハージャベックは、「そういった話にはいっさい真実がない」と断言した。CAAは全世界に展開する企業で、数千人の従業員が所属して、スポーツ界とエンターテインメント界の数千人のクライアントを抱えている。

 あの日の大騒ぎにより、野球界がどれほど大谷のFAに注目し、そして振り回されているかが、あらためて浮き彫りとなった。
「フォックス・スポーツ」のジェイク・ミンツ記者は、あの忘れられない1日を次のように総括した。

「1日で怒り狂い、夢中になり、奇妙な展開になり、爆笑もので、かつ悲しさと感動を一気に味わった特別な日だったよ」

 アンドリュー・フリードマンは、ドジャースの野球部門最高責任者だが、大谷がトロントに向かっていると報じられた狂騒の金曜午後は、ジェットコースターに乗ったときのような激しい感情の揺れを感じたと率直に告白した。

 翌12月9日に、彼は息子のサッカーの試合に顔を出していた。フリードマンは複数の任務を同時にこなしており、ウェブ会議でドジャースが獲得を目指していた別の選手との契約交渉に臨んでいた。

 彼は大谷の代理人ネズ・バレロからの電話をとるためウェブ会議をいったん中座した。フリードマンがのちに語ったところによると、そのときのバレロが発した正確な言葉はもう思い出せないが、とにかく要点は素早く伝えられた。

 大谷はドジャースを選んだということだ。しばらくして、この決断は大谷のSNSで公表された。

 こうして、数週間にわたる“サスペンス”は不意に終わった。

「野球界に関わっているすべての方々とファンの皆様、決断に至るまで長い時間がかかったことをお詫び申し上げます。私は次のチームとしてドジャースを選びました」

 大谷が投稿したポストには、そんなメッセージと合わせて、ドジャーブルーのロゴも貼られていた。

 そして、6年間支えてくれたエンゼルスとそのファンに感謝の言葉を述べ、今後の残りの野球人生のすべてを、ドジャースおよび野球界の発展のために捧げる、と誓いの言葉を続けた。

 彼の最終目的地自体はそれほど驚きではなかったものの──つい1日前には全世界が大いなる誤解をしていたが──大谷の新契約に関してもっとも驚かされる事実が、SNSでの発表から間もなくして出された。

 バレロが公式声明で、今回の契約は、「10年で7億ドル(約1015億円)」と明らかにしたのだ。

 これは、これまでの記録を40%近く大幅に上回る金額だった。

 具体的には、マイク・トラウトの12年4億2650万ドル(約618億4250万円)の契約だ。合計金額でいうと、スポーツ選手史上最高額であり、4年6億7400万ドル(977億3000万円)の契約を結んだサッカー選手のリオネル・メッシをはるかに上回ったことになる。

 NFLのカンザスシティ・チーフスのスター選手で、クオーターバックを務めるパトリック・マホームズの契約は10年4億5000万ドル(約652億5000万円)だった。

 しかし、本当に驚かされたのはここからだった。大谷の契約には「前例がない」後払い条項があるという話が一気に広まった。つまり、大谷は契約期間中は年俸の大部分を受け取ることがなく、かわりに契約終了後に全額が支払われるというのだ。

 右腕投手のマックス・シャーザーが2015年に交わした7年2億1000万ドル(約304億5000万円)の契約で、半分をのちに受け取るという条項が入っていたのだが、これが野球史上で最大の後払い条項だった。

 大谷がいくらを後払い分にまわしたのかは誰も知らなかったが、2日後になんと年俸の97%を後払いにまわすことに大谷が合意していたことが判明し、大きな衝撃をもたらした。

 つまり、今後10年間は毎年わずか200万ドル(約2億9000万円)だけを受け取り、残りの6億8000万ドル(約986億円)は10年後から毎年払われるようになる、しかも、無利子だというのだ。

 この無利子、後払いにより、MLBは現時点での大谷の市場価格を10年間で約4億6000万ドル(約667億円)と見積もった。仮にそれで後払いがなかったとしても、大谷がこの金額を受け取れば、史上最高額の選手になることはかわりがない。

 後払いの発想は、大谷自身から発案されたものだという。ドジャースには彼を獲得したあとも、さらに補強できるだけの資金を残しておきたかったからだという。

 彼はこの枠組みを、最終候補に残ったすべての球団に対して提案していたという。ジャイアンツとブルージェイズはこの案に乗り気だったが、エンゼルスは、そうではなかったようだ。

 フリードマンも、この後払い案が大谷側から出されたものであることを認めた。

「私にはそんなことを提案できる勇気なんかないよ。ネズが提案してきて詳細を詰めていったが、交渉の間ずっと、この考え方は一貫していたよ」

 ほかの選手だと考えにくい契約だが、ある意味、大谷にとっては十分にありえるやり方といえた。

 1つ目に、大谷は宣伝広告出演で巨額のお金を稼いでいる──一部の推計によると、年間5000万ドル(約72億5000万円)に達するともいう──から、彼は選手としての年俸でそれほど大金を受け取る必要がない。

 2つ目に、彼は企業スポンサー契約と、グッズの売り上げや入場券の売り上げでチームに多大な収益をもたらしているので、チームは彼にその売り上げを還元することができるし、しかも、支払いを伸ばせるのだからなおさらだ。

 この後払いのニュースには、スポーツ界全体からドジャースとMLB機構に対する批判の声があがった。

 ぜいたく税を導入した意味がなくなってしまうのではないか、ということだ。

 あるメジャー球団の役員は匿名で、「ジ・アスレチック」の取材に答え、この契約は「ジョークだ」と言い放った。もう1人のある代理人も匿名で同取材に答え、これは大谷にとって「悪い取引き」だと指摘した。

 このやり方だとドジャースの支払いを助けるだけで、それは本来、オーナーがやるべきことではないかというのだ。一方で、彼は、せっかくフランチャイズの価値を高めたのに、そのぶんの分け前をオーナーと公平に分かち合えていないと主張する。

 その一方で、この契約で大谷はそれほど大きな犠牲を払っていないと語る者もいた。

 何といっても彼は、二度目の肘の手術を受けた直後で、投手としての今後は未知数なわけで、多くの人は、もともと予測されていた5億とか6億を超えることがない4億6000万ドル(約667億円)という金額は、妥当であると論じたのだ。

「1つ事実として間違いないのは、彼が現時点では投げられないということだ」

 匿名のメジャーリーグ幹部が、「ジ・アスレチック」の取材に対し、そう語っている。

「私がありえる設定として考えていたのは、彼が投げる場合にインセンティブがつくという契約だった。だが、投手として登板しないのに、直ちに5億7500万ドル(約833億7500万円)とか6億ドル(870億円)を受け取れるとなると、さすがに納得がいかないと思っていた」

 もう1人の幹部は、こう語った。

「4億6000万ドル(667億円)が、だいたい納得のいく予想どおりの金額ということだ。私が思うに、衝撃的な効果を狙ってあの大きな数字“7億ドル(約1015億円)”を出したのだろう。だが、今回の契約を後払いも含めて冷静に計算してみると、非常に納得のいく数字に収まっていると思う」

書籍紹介

【写真提供:徳間書店】

エンゼルスの番記者のジェフ・フレッチャーが綴る、現在進行形の生きる伝説の舞台裏!

二刀流・大谷翔平のMLBの2022年シーズンから始まり、2023年シーズンとWBC優勝、そして新天地移籍までの舞台裏を追ったノンフィクション。

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