堂安律、インドネシア戦から見えた変化 「10番」の覚悟と日本を引っ張るリーダーシップ

安藤隆人

インドネシア戦の堂安は献身性も印象的だった 【Photo by Lintao Zhang/Getty Images】

 AFCアジアカップ・グループD最終戦。負ければ日本代表が大会を後にする可能性さえあったインドネシア戦で、2ゴールに絡む活躍を見せ、勝利に貢献したのは日本代表の10番を背負う堂安律だった。

 苦戦を強いられた初戦のベトナム戦、苦杯を喫した第2戦のイラク戦で、堂安はいずれも途中出場。10番を背負う立場からすれば、不本意だったに違いない。何より与えられた時間の中で目に見える結果を出せなかったことは、自身へ怒りに近い感情を覚えたであろうことも想像できる。

 第3戦でついにやってきた先発のチャンス。25歳のレフティーはこれまでの思いをぶつけるような獰猛な仕掛けに加えて、献身的かつフォア・ザ・チームのプレーを見せた。

インドネシア戦は攻守で貢献

 開始早々の2分、堂安は右サイドでDF毎熊晟矢からボールを受けると、毎熊のインナーラップによってできたハーフスペースにカットインで仕掛ける。シュートを警戒して中を閉じてきた相手を確認しつつ、ペナルティーエリア右のスペースに走り込んだFW上田綺世の動きを見逃さずに絶妙な左足スルーパス。これを受けた上田が相手のファウルを誘発し、PKを獲得した。堂安の獰猛な仕掛けと、味方の質の高い動きを引き出した冷静な判断が、日本に先制点をもたらした。

 その後は前線からの激しいプレスや果敢なプレスバックを繰り返して守備で存在感を発揮し、52分にも圧巻のプレー見せた。

 自陣深くからドリブルを開始した堂安は相手のペナルティーエリア付近まで一気に運ぶと、左に流れたMF中村敬斗へ縦パスをつけて、足を止めることなくさらに加速。中村を外から追い越す動きで左サイドのスペースに走り込むと、リターンパスを受けて得意の左足で正確なクロスを送る。ボールはニアに飛び込んだMF久保建英をすり抜けて、ファーサイドでフリーだった上田の足元にピタリ。長距離スプリントから決勝点となる2点目をアシストし、86分にお役御免となった。

「ここがアピールどころだと(自分を含め)出ていなかった選手に声をかけました。守備を頑張るとか、走ることはベース。アジアが相手だから80%の力で勝てるとは思っていないし、自分たちが100%出して、『きつかったな、今日の試合』と思うほど出し切って、その結果が1-0なのか、3-0なのか、5-0なのか、1-1なのかを見るべき。最初から勝てるでしょと思っていたらダメだし、そんな気持ちで勝てる相手じゃない」

コメントから見えた意識変化

 試合後のミックスゾーン。いつものギラついた目で、語気の強い口調で話す堂安を見ていると、日本の10番を背負う覚悟がヒシヒシと伝わってきた。

「前線から僕が2度追い、3度追いしてチームに喝を与えることができるなら、何度も走りますよ。僕は森保(一)監督のもとでは一番長くやっている選手になってきていますし、(森保監督からの)信頼も感じるので、何かしらの形で返したいと思っています。背番号のことも含めて、常にチームのためにはというところは考えています」

 この言葉を聞いて、彼の大きな意識変化を感じた。昔から堂安は自分の感情を煮えたぎらせることで力を発揮する選手だ。ガンバ大阪ユースの頃から「負けるなんて考えたくない。勝つのみ。俺が勝たせるんです」とはっきりと口にしていた。鋭い目つきもセットで、トップチームに昇格してからも「僕は逆境大好き人間ですから」と口にするほど、ギラギラしたものを持ち続けて成長してきた選手だった。

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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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