黒田監督が語る町田のJ1昇格とマネジメント 「誰も信用していなかった」男が青森山田でもがいて掴んだ手腕

大島和人

監督が俯瞰(ふかん)する意味

黒田監督は全体を観察しつつ、コーチの考えを整理する立場だ 【スポーツナビ】

――内輪のミーティングでは、他のコーチの領域について、意見を出してぶつけ合うこともありますよね?

 確かに裏ではやっているけれど、選手の前では絶対にやりません。みんなで整理してから、ピッチに出ていきます。

――意見の交通整理も黒田さんが主導するイメージでしょうか?

 交通整理は全部やります。みんなが言いたいことを言い出すと、キリがないですから。メンバーごとに「こいつは今週頑張っていた」「俺はこっちがいいと思う」とそれぞれ考えは違います。だけど、そういう意見はどんどん出してくれた方がいい。

――みんなが同じ意見だったら、色んなコーチがいる意味もないですね。

 そう。あとトレーニングは外から客観的に観察している方が見えやすい部分もあります。明輝や真のメニューを外から見ながら選手の表情、発している言葉、周りとのコミュニケーション、ボールサイドでの強度といったものを確認できます。「今日は一番こいつが一番頑張っていた」「よく話を聞いて理解していた」と、俯瞰(ふかん)で見えるものがある。実際の指導をやっていると外からはすごく頑張っているように見えるけど、実際は見えないものが多く出てしまう。だからその辺の棲み分けもすごく重要だと思います。

――クラブでも代表でも「あの監督は見ているだけで何もしていない」みたいな感想を目にしたことがありますけど、見ることも大切な作業ですね。

 組織を知らない人とか、サッカー現場に入ったことのない人は、そういう感想を持ちがちです。ただ一般企業にしたって、大きい企業の社長が枝葉まで全て自分が仕切るわけではないでしょう。きちんと信頼を置いて、そこにどのような数値、動きを求めるかをはっきりさせて、しっかり評価してあげる方が会社もいい形で動き出すと思います。

不確定要素を減らし「確定要素」を増やす

藤田晋社長(左)と黒田監督のツーショット。町田は高校サッカー出身の監督が手腕を振るいやすい環境だった 【(C)J.LEAGUE】

――話を変えますが、黒田監督が以前「『勝利至上主義』と『勝利へのこだわり』は違う」と仰っていたことが印象に残っています。そこをどう区別して考えていますか?

 結局は言葉遊びですけど。勝利至上主義という用語は、あまり良い捉え方をされないじゃないですか? 勝つためなら手段を選ばない。何かを犠牲にしても、誰かを傷つけても、目的の達成に徹していくイメージですね。

 だけど「勝利にこだわる」「勝負に徹する」とはもちろん相手をリスペクトした上で、不確定要素の多いスポーツを、より確定要素が多いものに近づけていく作業をする――。そのためにとことん細部へこだわるという意味です。「勝つ確率を上げていく」という意味合いです。

 単純に「時間を上手く進める」と言えば、いい聞かれ方をするでしょう? 「時間稼ぎ」とやることは一緒でも、聞こえ方がまったく違う。それを分からない人、単に不満をぶつけたり町田を悪く言いたい人が、そういう言葉を使ってイメージ悪く聞こえたりもしますよね。サッカーは時間の競技です。勝っていれば残り時間を上手く進めていくのは当然の行動です。それがサッカーですから。町田に限らず、世界どこのチームでも同様の思考や行動になるはずですからね。

――Jリーグの監督やコーチは無難で当たり障りのないコメントをする人が多くて、高校サッカーの指導者はストレートだけど刺さるコメントをする方が多い印象です。プロは「しがらみ」が多くて、人の発言や行動をどうしても縛ってしまう世界なのかな?という感覚があります。

 特に老舗のチーム、大きい親会社があるところは難しい人間関係があるという話はよく聞いていました。高校の先生がJに挑戦したくない理由には、それに巻き込まれたくないからという部分もあります。教員から始まっている人たちがそういう組織に入っていくのは難しいし、頑張っても評価されない可能性もある。人間関係に巻き込まれて職を失うケースも当然あるわけですから。「夢のある挑戦」とは言い難い側面を感じている高校サッカー指導者は多いと思います。

 ただ町田は少年サッカーから来ているチームだし、サイバーエージェントが入っているけど、そこに振り回されることはありません。藤田(晋)社長のコンセプトと私のコンセプトには、何のズレもない。育成から来たクラブが大人のチームになって、町田という土地を巻き込みながら成長、発展を遂げて、世界に羽ばたいていくコンセプトがしっかりと伝わってきます。だからこそ明輝を含めて、山中、三田、上田、不老と「育成の畑」で育ち、経験しているコーチ陣でしっかりまとまっていられますね。

育成年代出身のコーチが持つ強み

町田のコーチ陣は監督以外にも「育成年代出身」が多い 【(C)J.LEAGUE】

――今季のコーチの人選は黒田監督の意向が大きく反映されたと聞いています。

 山中真は柏レイソルU-18の監督時代にプレミアで戦っているし、(金)明輝は高校時代から知っています。正木(現・青森山田監督)と同級生で、岩手でインターハイがあったとき、初芝橋本が青森へ合宿に来たんですよ。正木とマッチアップしたセンターバックが明輝です。彼はジェフに入りましたが、コーチになってからは(福岡県内で開催して青森山田高が参加していた)サニックス杯とかがあるし、彼が協会にいたときは青森まで練習見学に来て、プレミアの会議に行ったら一緒に食事をする関係でした。「やるかどうかは分からないけど、もし(町田の監督を)やることになったら、ヘッドコーチやってくれるか」と伝えていたから、二人で強いチームを作るための「絆」や「覚悟」は互いに築けていたと思いますね。

――どちらも厳しいタイプだから、北風と太陽じゃなくて「北風と北風」じゃないか……と少し心配していました。

 そこは俺が「太陽」だから大丈夫(笑)。ただ彼のパワーは大切で、もし言い過ぎたとしても、自分が拾って上手くフォローすればいいだけだし、その逆もありますよね。

――コーチに育成年代の指導者出身が多いところは今季の町田のポイントですね。

 育成年代はきめ細やかなメッセージ、噛み砕いて伝えていかないと選手には上手く伝わりません。見たところプロの指導者は言語が乏しい人が多いように感じます。「大人だから分かるだろう」「プロだから、細かく言うと嫌がるだろう」と言葉に遠慮があり、選手の心に響きにくいのかもしれません。町田の選手たちは私があまり聞き慣れない言語で物事を詳細に伝えるから、最初は驚いたかもしれませんね。

――実際に選手もそういう話をしていましたね。

 だけど私の中ではそれが普通だし、人に伝えるってそういうことですよね。アバウトに伝えたら選手たちはその何%かしか理解できないし、実践値も描いているものの100%は返ってこない。伝えるということは、聞く人の気持ちになって伝えなくてはならないのです。

「Aのようにやってくれ」と要求する監督やコーチはいくらでもいます。だけどAをより具体的に、リアリティーを持って、心にグサッと刻めるように伝えられるコーチはなかなかいないと感じています。Bというリスクを付け加えたり、Cという過去の失敗例を取り上げたり、Dという監督の期待値を伝えてみたり、Eという人生に置き換えて表現してみる――。色んな要素を付け加えながらAを達成させることの重要性を感じさせて、ようやく実践に100%落とし込めるのです。他の指導者と私の違いというか、「伝わりやすさ」の違いはおそらくそこだと思います。青森山田で30年育んできた、教壇に立って担任や授業をしてきたことも含めて蓄積されたものだと思っています。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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