AS乾友紀子、引退の理由は「悔いなくやり切ったなと思えたから」 苦難の時代にも貫いた「ASが大好きという気持ち」

沢田聡子

リオ五輪で悲願のメダル獲得、東京五輪以降はソロに専念

課題だった表現力を磨き、世界選手権ソロ2種目連覇を果たした 【写真は共同】

 自らが主宰するクラブで小学6年生の頃から乾を指導してきた井村コーチは、乾が日本代表入りした当時は代表の指導から離れていた。しかし2014年、井村コーチは10年ぶりに日本代表ヘッドコーチに復帰。「心が折れたような感じ」だったという乾にも、世界大会でのメダル獲得という目標ができた。

 井村ヘッドコーチの下、日本は2015年世界選手権(ロシア・カザン)ではデュエットで銅メダル一つ(TR)、チームで銅メダル三つ(TR、FR、フリーコンビネーション)を獲得。そして2016年リオデジャネイロ五輪では、デュエット・チームともに銅メダルを手にした。

 引退会見で、印象に残っている五輪の場面を問われた乾は次のように語っている。

「リオオリンピックでメダルを獲得したことが、一番印象に残っています。初めて出場したロンドン(五輪)ではまったくメダルに手が届かない状態だったのですが、そこから残ったメンバーもいて。その4年間で必死に『メダル、メダル』と思ってやってきたので、獲得できた瞬間はすごく嬉しかったことと、ほっとしたことを今でも鮮明に覚えています」

 3回目の五輪となる東京大会(2021年)をチーム・デュエットともに4位という結果で終えた乾は、ソロに専念する決断をする。それから今年の世界選手権までは「自分自身と向き合った2年間」だったという。

「『まだこういうことを知らなかった』とか、『こういう技ができるようになった』とか、『体がこんなふうに変わっていく』ということを知ることができた2年間だったので、すごく楽しかったです」

 ソリストには特に必要である表現力は、技術には定評があった乾の課題でもあった。表現力の強化に重要な役割を果たしたのが、井村コーチが振付を依頼した舘形比呂一氏(振付家、エンターテインメント集団「THE CONVOY」のメンバー)だった。

 会見で「芸術性について、非常に高いレベルで表現されていた」という記者の言葉に対し、乾は次のように答えている。

「私は本当に表現力が課題だったので、そこを克服するために、井村先生のご紹介で振付の舘形先生に教わることは、自分の中で表現をするという部分でのターニングポイントになりました。そこから今まで知らなかった自分の表現、『こんなこともできるんだ』ということを知るようになって楽しくなりました。そこの殻を破るまでは大変だったのですが、そう評価していただけるようになったことはすごく嬉しいです」

 乾は2022年世界選手権(ハンガリー・ブダペスト)でソロ2冠(TR・FR)を達成、さらに今年の世界選手権でソロ2種目連覇を果たした。今季から採用された新ルールに対応するため高難度の足技を詰め込んだ構成の中でも、上半身での表現に出来る限り力を注いだFR『大蛇』には、乾と井村コーチが描くASの理想が表れている。

 乾は、会見でASの魅力を問われ「音楽に合わせて水中で自分が表現したいことを表せるところがすごく魅力的」と答えている。
「水泳競技の中でも一番『水を自分のものにできている』という感覚があるので、そこが自分の中での魅力です」

 選手として貫けたと思うことは「ASが大好きという気持ち」だという。
「ASもプールも水も『大好き』という気持ちは誰よりもあります。投げ出さずに、競技とずっと一つひとつ向き合ってこられたというのは大きいかなと思います」

 そして、会見の最後に後輩へのメッセージとして乾が口にしたのも、続けることの大切さだった。
「私が一番伝えたいのは、上手くいかなかった時でも絶対にあきらめないで続けることがすごく大事だということ。ちょっと上手くいかなかった時に『もう駄目だ』と思うのではなくて、そこで踏ん張って進んでいったら達成できることも、絶対にあると思います。自分もそうだったので、頑張っていってほしいなと」

 今はクラブでコーチの手伝いをしているという乾は、選手時代には切れなかった髪を短くしたいと考えている。清々しいショートヘアは、苦しい時もASを愛して泳ぎ続け、完全燃焼して選手生活を終えた乾に、きっと似合うはずだ。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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