劇的に“第2章”を突き進む寺地拳四朗 具志堅用高の記録に別の形で王手をかける

船橋真二郎

有明アリーナで競演する(左から)那須川天心、寺地拳四朗、中谷潤人 【写真:船橋真二郎】

「感動させる試合を見せたい」

 9月18日、東京・有明アリーナで『Prime Video Presents Live Boxing』の第5弾が行われる。ラスベガスで演じたセンセーショナルなKO劇で2階級制覇を果たし、名を上げた中谷潤人(M.T/25歳/25戦全勝19KO)のWBO世界スーパーフライ級王座の初防衛戦、キックボクシングの“神童”那須川天心(帝拳/25歳)のボクシング転向第2戦とともにAmazon Prime Videoで独占ライブ配信されるビッグイベントを彩るのが、WBC・WBA世界ライトフライ級統一王者の寺地拳四朗(BMB/31歳/22戦21勝13KO1敗)だ。

 挑戦者にWBAミニマム級、WBA・IBFライトフライ級の元世界王者で、現在はWBC1位、WBA5位にランクされるヘッキー・ブドラー(南アフリカ)を迎えるWBC王座の指名防衛戦。去る7月19日に東京ドームホテルで開かれた発表記者会見では、かつて僅差の判定で田口良一から2本のベルトを奪い去り、10回終了TKOで京口紘人(いずれもワタナベ)に討ち取られた35歳のベテランに対し、圧勝を誓った。

「ここで手こずっていたらダメだと思うんで、誰が見ても圧倒的な試合にしたい。(KO決着への)こだわりとかいう問題ではなく、KOに絶対になる。レベルの差を見せてやろうと思います」

 遠くない将来のフライ級転級も視野に入れつつ、可能性がある限り、長年戦ってきた階級での4団体制覇を追い求める。他団体王者との統一戦実現が簡単ではないことをよく知っているからこそ、アピールを自らに課した面もあっただろう。

 とはいえ、自信のコメントはいつもながら。その中でさらっと添えられた意気込みに「お?」と引っかかった。

「感動させる試合を見せて、みなさまに勇気や元気を与えられればいいなと思ってるので」

 よくある決めゼリフのようで「感動させる試合を見せたい」「勇気を与えたい」といった類いの言葉を拳四朗の口から聞いた記憶がなかった。

変貌を遂げた“第2章”の拳四朗

初黒星を境に拳四朗の試合はドラマチックになった 【写真は共同】

「最近、試合内容で『勇気をもらった』『元気をもらった』みたいに言ってもらえることが多いので。そういう試合ができたらいいな、とは思ってます」

 会見後の囲みで「感動させる試合」について尋ねると、まずはシンプルな答えが返ってきた。それから「まあ、実際にやってみないと分からないんですけどね」と笑いながらも、あらためて決意を示すように言い添えた。

「でも、そういう気持ちで戦います」

 確かに最近の拳四朗の試合はドラマチックになった。きっかけは2年前。激闘の末、矢吹正道(緑)に10回ストップ負けを喫し、8度の防衛を続けていたWBC王座から陥落したことだった。

 半年後に実現した再戦では、ポイントを取り切れなかった前回対戦を踏まえ、「ジャッジの採点に勝敗を委ねない」(加藤健太・三迫ジムトレーナー)と、あっと驚かせるような攻撃的スタイルへの転換で豪快に矢吹を倒し、圧巻の3回KO勝ちで王座奪還を果たした。

 左ジャブとステップワークで絶妙な間合いを築き、“打たせず打つボクシング”を体現。具志堅用高の世界王座13連続防衛の日本記録更新を掲げ、盤石の試合運びで防衛ロードを歩んでいた拳四朗を“第1章”とするなら、初黒星を境に変貌を遂げた“第2章”の拳四朗は多少の被弾をものともしないハイテンポな攻めでのみ込み、対戦相手を厳しく仕留めにいくようになった。

 昨年11月のWBAスーパー王者、京口との王座統一戦では前に近い位置取りで圧力をかけつつ、巧みな距離操作を融合させたスタイルを披露。ジャブからの速い仕掛けでペースを取り、5回と7回にタイミングをズラしたワンツーで鮮やかに倒してフィニッシュする。

 内容的には完勝だったが、5回に奪ったダウンの後、猛然と仕掛けたラッシュで仕留めきれずにスタミナ切れに陥り、追い込まれた京口の反撃を許した。「年間最高ラウンド」の声も上がった手に汗握る3分間の攻防がアクセントになった。

 そして、さらに心揺さぶる激闘になったのが今年4月、有明アリーナで行われたアンソニー・オラスクアガ(アメリカ)との防衛戦だった。

若き挑戦者との心揺さぶる激闘

苦しい戦いを乗り越えたオラスクアガ戦 【写真は共同】

 当初、対戦予定だったサウスポーのWBO王者、ジョナサン・ゴンサレス(プエルトリコ)の急病により3団体王座統一戦が本番2週間前に中止に。急きょ代役に立った若き24歳の挑戦者は右構えでもあり、王者にとっては気持ちの面を含めて難しい試合ではあった。

 だが、それ以上に5戦(5勝3KO)のキャリアながら、アマチュアで全米1位の実績を残し、十代の頃からロサンゼルスで中谷潤人と切磋琢磨してきた強打のホープが、ポテンシャルを存分に示すことになる。

 立ち上がりからハイテンポな攻防が繰り広げられる中、3回にダウンを奪った拳四朗がペースを引き寄せるかに見えた。が、動きが落ちかけたかと思えば、盛り返し、後退したかと思えば、また攻めて出るオラスクアガとのシーソーゲームは、次第に消耗戦の様相を呈していく。

 打ち終わりを思い切りよく襲うパワーパンチで拳四朗の顔が上がる場面も散見され、気の抜けない展開が続いた。ポイントになったのが8回から9回の切り替えだった。

 8回。拳四朗はジャブとステップで距離を取り、体力の回復にあてるが、気持ちが引き気味になったところを突かれ、逆に不安定な戦いを強いられる。

 迎えた9回。拳四朗は意を決したように再び前で果敢に打ち合った。リターンの右が効いたのか、気迫に押されたのか、ズルズルとロープ際に下がったオラスクアガを逃さなかった。連打で畳みかけると、ここまで強い意志を見せてきた挑戦者もたまらず崩れ落ち、両者が力を尽くした戦いにレフェリーが終止符を打った。

 観衆が総立ちになり、リングに降り注がれた大歓声と拍手が2人を称える。そんな戦いだった。

 もともとオラスクアガは同時期に韓国で試合を控え、帝拳ジムで調整中だったとはいえ、試合日程が1週間前倒しになり、階級も落とす必要があったのだから、難しい調整を強いられたはずだった。が、戦いぶりといい、ふるまいといい、すがすがしい印象ばかりを残した。9月18日、同じ有明アリーナに組まれた再起戦も注目される。

 試合直後、拳四朗はこみ上げてくる涙で顔をゆがめ、リング上での勝利者インタビューで「心が折れかけた」と吐露して、また声を震わせた。苦しい戦いを乗り越えた涙には、ちょっとした裏話があった。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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