劇的に“第2章”を突き進む寺地拳四朗 具志堅用高の記録に別の形で王手をかける

船橋真二郎

チームの力で最後まで戦い切れた

拳四朗を支える三迫ジムの加藤トレーナー(左)と横井トレーナー(右) 【写真:船橋真二郎】

「自分が頑張ったというより、チームの力が(心に)響いた試合になりました」

 試合後、拳四朗が繰り返し強調したのが「チームの力」だった。トレーナーの叱咤で最後まで戦い切れた、と。

 拳四朗と言えば、三迫ジムを練習拠点にした2017年5月の世界初挑戦の前から指導を受け、今では絶対の信頼を寄せる存在になった同ジムの加藤健太トレーナーとのコンビで知られる。

 が、「あれは自分じゃなかったんですよ」と加藤トレーナーが舞台裏を教えてくれた。

 拳四朗の異変に気がついたのは、後半に入るあたりだったという。想像以上のオラスクアガの抵抗に心身ともに消耗し、インターバル中の声かけに対する反応が鈍くなった。

 拳四朗本人も「このペースで12ラウンド持つのか不安だったし、スタミナも落ちていたので頭もボーッとして、加藤さんの声が入ってこなかったかもしれないです」と振り返る。

 いつもと違う声で刺激を与えようと加藤トレーナーが力を借りたのが、血止めのカットマン役として、ずっと拳四朗のサブセコンドについてきた三迫ジムの横井龍一トレーナーだった。

 眼疾で志半ば、若くして現役を諦めざるを得なかった。古巣の野口ジム、ヨネクラジム、三迫ジムと渡り歩き、トレーナー歴25年を数えるベテランで「学ぶことが多い」と加藤トレーナーの信頼は厚い。

 サブセコンドは「選手のサブではなく、チーフセコンドのサブ」というのが横井トレーナーの基本的な考え。通常なら、チーフが動きやすいようにサポートに徹する。試合に向けて、チーフセコンド=担当トレーナーが選手と2人でつくり上げてきたものを差し置いて、声をあげたり、指示を出したりすることはない。

 加藤トレーナーの意をくみ、あえて激しい言葉で拳四朗の折れかけた心を奮い立たせた。

「バカヤロー! 負けて、全部失ってもいいのか! 気合い入れろ!」

 試合直前の控え室でも冗談を言って笑わせるなど、普段と変わらず場をなごませてくれるのが拳四朗にとっての横井トレーナーだった。見たことのない剣幕にハッと我に返り、同時に必死な気持ちが伝わってきたという。

「僕を勝たせたいっていう“愛”を感じましたね。泣いたのは、試合が終わって、横井さんの顔を見たときだったんですよ。『支えてくれて、ありがとうございます』っていう気持ちでいっぱいでした」

ボクシングの捉え方が変わってきた

 オラスクアガ戦を乗り越え、「また強くなれた」と拳四朗は胸を張る。

「後半のメンタルというか、あそこで一皮むけた感じがあるし、新たな自分が見れたので。前回の試合ができて、ほんとによかったなと思ってます」

 かつての拳四朗は、パンチをもらって、「切れたり、腫れたりするのは嫌。激闘は盛り上がるとは思うけど、自分はやりたくない」と言ったものだが、思わず安堵の涙を流すような苦闘を経験して、なお期待に応えようと「感動させる試合を」と望む。

 負けて、戦い方が変わっただけではなく、「ボクシングの捉え方が変わってきたのではないか」という横井トレーナーの証言が興味深い。

 例えば、ジムで他の選手のスパーリングを見ていて、拳四朗が外からアドバイスを送るとき、これまでは「ジャブ」とか「距離感」など、技術的なものが多かったのが、「手数」「前に出ろ」と、どちらかと言えば精神的な声が増えたという。

 また、8月8日には、2017年の夏で閉鎖になったヨネクラジム時代から横井トレーナーが指導する三迫ジムの38歳、出田裕一が日本ウェルター級王座の初防衛に成功。11連敗を含め、一時引退していた期間も合わせて12年近く勝利から遠ざかったことのある苦労人が、やっとの思いで手にしたベルトを死守した。

 打ちつ打たれつの不器用な選手で、以前は「出田さん、なんで(パンチを)よけないんですか」と、屈託なく横井トレーナーに尋ねてきたという拳四朗が、前半はリードを許しながらも泥臭く盛り返し、逆転の2-1判定で競り勝った姿を見て、「感動しました」と実感を込めて伝えてきたのだという。

「自分が負けて、そういうボクサーの気持ちを理解できるようになってきたんじゃないですかね。技術で勝ち続けて、防衛記録を追いかけていたのが、負けたら終わりじゃなくて、そこからまた這い上がることが大切なんだと分かってきたんだと思います」

世界戦通算勝利数で具志堅用高の記録に王手

拳四朗は信頼するチームとともに突き進む 【写真は共同】

 這い上がり、勝ち続けることで、また別の形で具志堅用高の記録に近づいてきた。

 拳四朗の世界戦勝利数は12勝(9KO1敗)。次のブドラー戦に勝てば、長谷川穂積、山中慎介の通算13勝と並んで歴代4位となり、14勝で単独3位の具志堅に王手をかける。ちなみに1位は井岡一翔(志成)の21勝(10KO2敗1分)で、2位の井上尚弥(大橋)が20勝(18KO無敗)で続く。

 ブドラーは2018年末、マカオで京口に敗れた後、ブランクをつくっていたが、2021年5月に復帰。昨年6月、敵地で前WBOライトフライ級王者のエルウィン・ソト(メキシコ)を下し、WBC1位の座をつかんだ。

 拳四朗が「のらりくらり」と表現するとおりの“曲者”で、突出した武器はなく、怖さがないのが逆に怖いというタイプ。最終12回にソトからダウンを奪い、ジャッジ全員が1ポイント差の3-0判定で結果をもぎ取った勝負強さは侮れない。

 だが、加藤トレーナーは「相手どうこうより、やるべきことをやれば問題ない」ときっぱり。“第1章”の拳四朗のボクシングは「技」と「体」が前面に出ていたのが、「心」も表れてきて、「心・技・体」がそろってきたと、横井トレーナーは現在の充実ぶりを評する。

「前回の試合で信頼関係が強まって、チームとしても強くなったので、より安心感があります」(拳四朗)

 信頼するチームとともに臆することなく、劇的に“第2章”を突き進む。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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