連載:欧州サッカー23-24シーズンの論点は?

三笘薫の活躍やW杯での躍進で日本人選手の市場価値は上がったのか? 欧州クラブCEOが語る日本人選手のリアル評

舩木渉

冨安のステップアップは理想的だった

19歳で欧州に渡り、20歳でボローニャ、22歳でアーセナルに辿り着いた冨安。その過程とスピード感は理想的だった 【Photo by Marc Atkins/Getty Images】

――こうした潮流のなかで、欧州サッカー界での飛躍を目指す日本人選手たちにとって理想的なキャリアパスはどんなものになるとお考えですか?

 トップタレントであれば、17歳や18歳でプロデビューして、20歳くらいまでは日本でプレーしたほうがいいと思います。そして、20歳前後で欧州に渡って、5大リーグでなくても構わないので、2シーズンくらいしっかりと試合に出続けることが重要です。そこから欧州カップ戦に出場できるクラブや、5大リーグへと移籍していく。

 そういう意味では冨安選手のステップアップの道のりは理想的だったと言えるのではないでしょうか。彼は17歳になる直前にアビスパ福岡のトップチームでデビューを飾り、19歳で欧州に来ました。STVVで主力として活躍してセリエAのボローニャへ移籍。22歳でアーセナルにたどり着いた。ソン・フンミン選手も18歳でドイツでプレーしていましたし、トップタレントに限っては彼らのようなスピード感で育てていくべきなのではないかと思います。

 一方でトップタレントとは言えない選手も、欧州に来るならしっかりと競争に勝って試合に出なければ意味がありません。移籍先のクラブで出場機会をつかめるなら欧州に残れるし、もし試合に出られないようであれば日本に帰るという選択もあっていいと思います。当然、欧州に挑戦することも重要ですが、同時にJリーグに戻って頑張るという選択肢があることへの理解も必要です。

 日本と欧州の行き来がもっと活発になれば、Jリーグももっと活性化するのではないでしょうか。たとえ戻ることになっても、欧州でつかんだ経験は無駄にはなりませんからね。例えば、ヴィッセル神戸の山口蛍選手や齊藤未月選手は欧州ではあまり試合に出られませんでしたが、今、Jリーグで活躍していますよね。

――では、欧州に移籍して長く活躍できる選手に特徴や傾向はあるのでしょうか?

 ひとつあるとすれば、表現力です。プレーにメッセージ性、見ている人たちに伝わるものがなければ生き残れないと思います。語学力やコミュニケーション能力があるに越したことはないですが、それ以上に自分の価値を表現するガムシャラな姿勢が大事だなと。どんなに上手かろうが、欧州の人々は、戦っていない、やる気がない、ポジションを奪ってやろうというアグレッシブさがないように見える選手をすごく嫌います。黙々とトレーニングに励んでいるだけでは何も伝わらないので、チャンスをつかむには自分の力で切り開いていくしかありません。

 例えば、コルトレイクからヘントへ移籍することになった渡辺剛選手は、いつもやる気に満ちているのがプレーから見て取れました。すると次第に周りから信頼されるようになり、最後はチームに欠かせない中心選手になっていました。そうやって信頼を勝ち取れるのも、才能のひとつなんだと思います。

みんなが欧州を目指すから俺も、では……

コルトレイクからヘントにステップアップした渡辺(左)と、開幕スタメンの座を射止めたSTVVの伊藤。ベルギーにおける日本人選手の評価は高い 【Photo by Getty Images】

――STVVからステップアップしていった選手の中で、自分を表現する力の強かった選手は誰でしょう?

 冨安選手は地道にコツコツやっていくタイプでしたが、とにかく練習をしていないと不安みたいで、監督やコーチから「お前、やりすぎだぞ」と指摘されるほどでした。でも、そのプロフェッショナルな姿勢が周りからリスペクトされていましたね。

 鎌田選手はチームメイトに対する要求が非常に激しかったです。本当に殴りかかるのではないかというくらいの勢いで「俺にパスを出せ!」と迫りますし、「自分が中心」というオーラを出していました。Jリーグに帰ってしまいましたが、鈴木優磨選手にも似たようなところがありました。

 STVVでは彼らのような選手たちをあえて手を付けず育てているので、日本ではあまり受け入れられないかもしれません。でも、彼らくらい激しく主張しなければ、ボールが出てこないという現実もあります。なので、ステップアップしていった選手には周りの選手に対して確かな影響力を持てていたという共通点があったと思います。

――先ほどもおっしゃっていたように、欧州に移籍してうまくいかなくてもJリーグに戻って経験を活かせばいいですし、個人的には欧州移籍に「成功」はあっても「失敗」はないと思っています。ただ、あえて「失敗」を定義するとしたらどのように言語化すればいいのでしょうか?

 私も同じ意見で、挑戦している以上は「失敗」はないと思います。ただ、当たり前の話をすると、欧州で最初に所属したクラブで結果を残さなければ、「次」に進むことができません。なので、それぞれの選手が欧州移籍にあたって最初にどんな「入口」を選ぶかに注目しています。

 例えば、いきなり5大リーグのビッグクラブに移籍したり、そこから期限付き移籍をして経験を積んだり、我々STVVのような小さいクラブを選んだり、「入口」の選択肢は選手によって様々です。でも、どんな環境であれ、試合に出てプレーを見てもらえなければ、その先がなくなってしまいます。なので、自分に合った最初のクラブを選んでほしいです。

 そして、先ほどの話にもつながりますが、やはり欧州移籍にあたって重要になるのは「意志」の強さです。「失敗」というより「残念」だと感じるのは、「みんなが欧州を目指しているから、俺も」と欧州に来てはみたものの、実際には心の底から湧き出るような強い意志がないまま移籍してきてしまうケースです。そうなると「成功」につながりにくいのは間違いないですね。

「日本代表に入るため」という理由だけで欧州移籍を目指すのは違うと思います。環境を変えることで学べることや経験できることがあって、それらをつかんで成長したいという意志の強さがなければ意味がない。「俺は絶対に通用すると思う。もっと上にいきたい」という野心にあふれている選手が、より高いレベルに到達できるのではないかと思います。

――欧州でプレーする日本人選手の数が増え、近年は日本代表に選ばれるのもほとんどが欧州組になっています。そうした現状を踏まえて今シーズンの欧州サッカー界における日本人選手たちの活躍や移籍への展望を聞かせてください。

 鎌田選手はいずれ決まるでしょうけど(※8月4日にラツィオに加入)、それ以外では今夏はあまり大きな移籍がなかった印象です。ボルシアMGの板倉滉選手や、セルティック所属の日本人選手たちにも移籍の噂がありましたけれど、現時点ではいずれも動いていません。上田綺世選手はセルクル・ブルッヘから移籍しましたが、新天地のフェイエノールトはメガクラブではありません。

 ただ、多くの日本人選手たちがメガクラブの手前まではきていると思います。だからこそ、ここから先に進めるか。それぞれの国内では高く評価されているクラブに在籍する選手たちが活躍したら、次にどこから引き抜いてもらえるのかというのは、私の中でも重要な焦点の1つになっています。なので、今シーズンの頑張りによってもうひと跳ねして、みんなにもっと大きなクラブへ移籍するチャンスをつかんでもらいたいですね。

立石敬之(たていし・たかゆき)

積極的に日本人選手を獲得し、日本サッカー発展に尽力する立石CEO。今季はチームとしてもプレーオフ1進出を目指す 【©︎STVV】

1969年7月8日生まれ、福岡県北九州市出身。国見高校、創価大学を経てブラジルのECノロエスチでプレー。その後、ベルマーレ平塚、東京ガス、大分トリニータなどで活躍した。引退後はコーチや強化部長などを歴任し、2015年からFC東京GMとしてチームの強化に尽力。 2018年よりベルギー1部のシント=トロイデンVVのCEOに就任した。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。

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