「邪道」と言われても貫いてきたメイウェザースタイル 難関の中量級で「本場ラスベガスを目指す」渡来美響

船橋真二郎

物心つく頃にはボクシングは生活の一部

5歳で始めたボクシングは「生活の一部」と渡来 【写真:船橋真二郎】

 ボクシングを始めたのは5歳のとき。ある日、「幼稚園で意地悪された」と泣きながら帰ってきた息子に対し、父親は「強くなれ」と横浜の自宅から通える場所にあった大橋ボクシングジム、空手の道場、2つの選択肢を提示した。

 2度の移転を経た現在の大橋ジムには「キッズコース」があり、子どもがボクシングに親しむ環境が整えられているが、入会した最初のジムの時代には、他に子どもはいなかったという。

 当時は川嶋勝重がジム第1号の世界チャンピオンになった頃。親子は2度目の防衛戦、ホセ・ナバーロ(アメリカ)戦を東京・有明コロシアムで観戦した。幼い渡来の目を引きつけたのは、勝利した川嶋の腰に巻かれたWBCの緑のベルトだった。

「あのベルトは何?」。「世界一強い男がもらえるんだよ」。「僕もあれがほしい」。それが始まりになった。

 いずれも父親から聞かされた話。「物心つく頃には、ボクシングは生活の一部だった」というのが渡来の実感だ。

ジュニア時代から輝かしい実績

 井上尚弥、井上拓真(いずれも大橋)、田中恒成(畑中)、中谷潤人(M.T)など、大勢の有力選手が巣立ち、プロ・アマ問わず選手の育成に欠かせない場となっているのが15歳以下の大会。2008年8月、プロが主導して第1回U-15ボクシング全国大会(現・ジュニア・チャンピオンズリーグ全国大会)が開催された。

 その記念すべきオープニングカード、体重30キロ級決勝に出場して2回RSC勝ち。初の勝ち名乗りを受け、優勝を決めたのが小学4年生の渡来だった。小学生の部・優秀選手賞(3名)にも、当時は花形ジムで練習していた小学6年生の平岡アンディ(大橋)とともに選ばれている。

 中学1年生の2012年4月には、アマチュア主催の第1回全国幼年アマチュアボクシング大会(現・全日本アンダージュニアボクシング大会)で優勝。翌年2月の第2回大会で連覇すると、同年4月にカザフスタンで開催されたアジア・ジュニア選手権の日本代表に唯一の中学生として派遣される。プロで日本フェザー級王者となる丸田陽七太(森岡)ら高校生に負けじと、5名が獲得した日本チーム最高成績の銅メダルに輝いた。

 中学3年、高校1年のときには、伝手をたどってキューバ合宿を敢行した。アマチュア大国のナショナルチームは外部に門戸を閉ざしていたが、ジュニア代表チームのトレーニングに参加。スパーリング中心の実戦練習で揉まれたこともあった。

 一流になるには、一流を見て、一流を知ること。それが変わらない渡来家のモットー。父親は息子が夢を実現するためのサポートを惜しまなかった。

ボクシングが本当に面白くなったのは最近

 幼い頃からボクシングの技術、駆け引き、奥深さを探求することが面白くて仕方がなかった。そんな印象を受ける。渡来は「本当に面白くなったのは、ここ最近」と言う。

「本当の意味でメイウェザーのすごさを何人が理解できるのかっていうところだと思うんですよ。そのレベルに自分が近づくことで、より理解度が深まるというか、やっと面白いと思えるぐらいの理解度に達してきたのがプロになるぐらいの時期です」

 当たらずとも遠からずで、求めて、求めて、ようやく自分の求めるレベルのボクシングが細部まで理解できるようになってきたということだろう。

「例えば、メイウェザーの同じ試合の映像を見ても、気づくことが変わっていくんです。自分のレベルが上がったら、また違うことに気づかされる。どれだけ上があるんだろうっていう。で、スティーブンソンのほうがもっと広い見識を持っていて、僕の認識できる範囲と彼の認識できる範囲は全然、違うと思う。そこを知っていく面白さがあります」

 見識を広げ、また自分を見つめる。メイウェザーだけではない。シュガー・レイ・レナード、パーネル・ウィテカー、スティーブンソン。主にディフェンスに優れた古今の一流選手を中心にさまざまなボクサーたちの映像を見て、ピンときた技術や動きを取り入れ、アレンジし、自分のものにしてきた。

「個性がなかったらトップにはなれないと思うので、いかに個性を伸ばせるか。メイウェザーのボクシングは僕の基盤になってますけど、より多くのことができるように」

まずは国内最強、そしてラスベガスへ

渡来は「まだ始まったばかり」と目指す場所を見据える 【写真:船橋真二郎】

 トランクスのベルトラインには「GHOST」と入れる。幽霊=実体がない、捉えどころがない、触らせないということで、ディフェンスに優れたボクサーに付けられるニックネームである。

「もらわなければ、負けることはないので」。そのベースの上に攻撃の厚みをどう加えていくか。スピード、パンチ力は十分。タイミングのよさは申し分ない。「前に圧力をかけて、いかに相手にプレッシャーを与えていくか」に意識を向ける。

 8月8日、後楽園ホールでウ・ジウ(中国)と戦う。179センチと上背のあるサウスポーで、13戦11勝2分と無敗の23歳。ライト級の元日本、東洋太平洋、WBOアジアパシフィック王者の荒川仁人(ワタナベ)を苦しめたアドニス・アゲロ、リマール・メツダ(いずれもフィリピン)に勝利するなど、3戦全勝2KOで迎えるプロ4戦目で「いちばん緊張感のある相手」になる。

 渡来によると「軽く打って、下がって。ポイントを取って勝てばいいというタイプ。倒す気がないから面倒くさい」。リスクを冒さない分、しっかり崩すには「ハードルの高い相手」で、課題と向き合うには格好の試合と言える。

 現在、日本8位にランクされるスーパーライト級で、まずは国内最強を目指す。この階級の東洋太平洋王者は永田大士、日本王者は藤田炎村と三迫ジムの同門が占める。

 そのほかのトップ勢は、IBF世界5位で世界挑戦も視野に入れる前出の平岡アンディ、平岡が返上したWBOアジアパシフィック王座を8月30日に争う元王者の井上浩樹(大橋)、高校時代は6冠で無敵を誇り、プロでも無敗を続ける日本2位の李健太(帝拳)とサウスポーがそろい、その点にも意義を見いだす。

 並行して、世界に向けたレベルアップにも本格的に着手する。9月に大学時代のロサンゼルス合宿以来、2度目のアメリカ合宿を計画中。ラスベガスにあるメイウェザーのジムで、1ヵ月の予定でみっちりと腕を磨くつもりだ。

「アメリカに行って、実際に強い選手とスパーリングをするのがいちばんだと思うので。日本では吉野さんがいちばん強い相手で、いちばん苦戦しましたし、そこでまた進化できましたけど、これ以上(の相手)となると、なかなか難しいので」

 目指す場所への道のりは「まだまだ遠い」と痛感させられた。それでも「まだ始まったばかり」。そう口にした渡来の目は、プロデビューした日と変わることなく輝いている。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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