希望を届ける星となる表現者・羽生結弦の決意表明 震災から12年を経て、宮城で開催した「notte stellata」

沢田聡子

表現者としての二つの挑戦

お互いの本気のエネルギーが混ざり合った、内村と羽生の共演 【Ⓒnotte stellata】

 そして羽生は、この「notte stellata」で表現者として二つの挑戦をしている。一つは大きな話題となった、内村航平との共演だ。

 2012年ロンドン五輪・2016年リオ五輪の個人総合で連覇を果たした体操界のレジェンドと羽生は親交があり、「いつか共演できたらいいね」と話していたという企画が実現した。内村が円馬で行う旋回と羽生のスピンがシンクロすると、会場の興奮は頂点に達している。

 旋回とスピンを合わせた部分について、10日の終演後取材に応じた内村は「絶対に僕はやりたい」と羽生に伝えたと振り返っている。

「どういうふうに合わせるのかが結構難しいのかなと思っていたのですが、(羽生に)『ここは僕が合わせるので大丈夫です』って言われて、『じゃあお願いします』って感じで」

 内村によれば、羽生は「内村さんは思ったようにやってもらえれば、僕はそれに合わせるので」と請け合ったという。

 また羽生も「お互いの本気のエネルギーが混ざり合う、みたいなところをこのプログラムでは出したいなという意識があって」と語っている。

「『お互い集中しましょう。自分達のことに集中して、それがきっといい掛け算になります』と言い合いながら作っていきました」

 傑出したアスリートである羽生と内村がそれぞれ美技を披露、また調和するパートも創り出すという、極めて贅沢な演目だった。

 羽生がもう一つの挑戦をみせた演目は、世界的な人気を誇る韓国のボーイズグループ・BTSの大ヒットナンバー“Dynamite”だ。BTSのダンスをスーツ姿で再現する羽生の映像が、スクリーンとリンクに写し出される大胆な演出で魅了している。そしてダンサー顔負けの切れ味鋭い動きをみせる羽生の足元は、靴だった。

 昨年8月に練習拠点のアイスリンク仙台で行った“SharePractice”での個別取材で、氷上以外での表現でやりたいことはあるかと尋ねた際、羽生は「できれば、それを氷上につながるようにしたい」と答えている。

「僕はダンサーでもないですし、ミュージカルの俳優でもなんでもないので、やっぱりスケートにしか自信がないんですよ」

 この言葉を思い起こすと、映像出演とはいえ床の上で靴を履いて踊った羽生には、少なからず思い切るところがあったのではないかと思わずにいられない。

 BTSが世界に名を馳せた“Dynamite”は、世界がコロナ禍の真っただ中にあった2020年8月、希望と応援のメッセージを込めて世に送り出された曲だ。閉塞した空気が世界を覆っていた当時、楽しくて元気になれる“Dynamite”は国境を超え、多くの人々に口ずさまれるナンバーとなった。“Dynamite”の中で、BTSは暗闇を明るくしてみせるという決意を歌っている。

「今夜 僕は星の中にいるから
僕の火花でこの夜を明るく照らすのを見守って」
(出典:BTS 'Dynamite' Official MV日本語字幕より)

 羽生はアマチュア時代にBTSのダンスを観て勉強していると語ったことがあるが、プロとなった今、表現者としての彼らの姿勢にも共感を覚えているのかもしれない。セキスイハイムスーパーアリーナという羽生にとってこの上なく重い意味を持つ会場で、BTSのナンバーに乗って踊る演目だったからこそ、羽生は氷上以外でのパフォーマンスに踏み切ったのではないだろうか。

 羽生は、東日本大震災で傷ついた人、そしてそれ以外の人にも思いを致してこの公演を創り上げたと語っている。

「このショーの企画自体が、3.11のことを含めて希望を届けたいという趣旨があるので。もちろんすべての方々が3.11で傷ついているわけではないかもしれないですけれども、実際に地震の被害もなかったところもきっとあると思いますし、ニュースでしか知らないという方も、もしかしたらこの会場にはいらっしゃるかもしれないですし。ただそういった方々にも、最後のMCでも言わせていただいた通り、人生のちょっとした苦しいところで、この『notte stellata』のプログラムという、星みたいなものが、ちょっとでも希望を届けるものになっていたらなということは、願っていました」

「notte stellata」は、自らのパフォーマンスを観たすべての人々に希望の光を届ける星のような存在になるという、表現者・羽生結弦の決意表明が込められた公演だった。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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