[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第8話 暴かれた日本サッカーの弱点

木崎f伸也
サッカー日本代表のフィクション小説『I'm BLUE(アイム・ブルー)』の続編が決定!
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。

木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。

【(C)ツジトモ】

 日本サッカー連盟のアーカイブルームで、日本代表のフランク・ノイマン監督はシリア戦を見終えると、1つのことを確信した。

 前監督のメーメット・オラルは日本の選手にはゾーンディフェンスは無理だと判断し、マンマークディフェンスを徹底させるようになったのだ、と。

 この諦めは、ある意味、指導者としては責任放棄に近い。代表の活動時間は限られているとはいえ、辛抱強くやれば、ゾーンディフェンスは理論的に教えられるからだ。

 実際、連盟の日本代表テクニカルレポートによれば、イタリア人のザッコは2010年から4年間にわたって日本を率いたとき、ゾーンディフェンスに取り組んだ。

「相手がバックパスをしたら5メートルラインを上げろ」
「相手が背中を向けてボールを持ったら最後まで追っていけ」
「前にいる選手の斜め後ろに立て」

 細かい約束事を代表が集まるごとに口酸っぱく言い、群れのようにボールを追う組織を築いた。あまりにも同じ基礎を繰り返したため、3年目から選手たちが飽きてしまい、マンネリ感が漂う原因にもなったが、それくらい反復しないと体が忘れてしまうのだ。

 ザッコとオラルの指導者としての経歴を比べると、2人には決定的な違いがある。前者は育成年代から這い上がってきたたたき上げなのに対し、オラルは元スター選手で育成年代の指導を経験していない。

 オラルが指揮してきたプロクラブには、ほぼ「ゾーンディフェンスをできる選手」しかいなかった。「できない選手」を「できる選手」にする必要はなかった。裏を返せば、できない選手をできるようにするノウハウに乏しい。

 よくヨーロッパでは、サッカーは料理にたとえられる。監督は料理長(シェフ)で、いかに自分のレシピで素材を生かせるかが腕の見せどころである。

 オラルはヨーロッパの雑誌で前衛的な料理の記事を見つけ、写真を切り抜いて日本に持ってきた。だが、肝心のレシピを切り抜くのを忘れていた。いくら写真を眺めても、料理はできない。自分なりのレシピを考えて料理してみようとするが、正しいレシピではなく、似ても似つかない料理ができてしまう。

 やりたいサッカーがあったが、それをすぐに実行できる選手がおらず、さらにできるように教えるノウハウがなかったため、オラルは放棄した――ノイマンはそう結論づけた。


 試合と練習を分析し、日本サッカー連盟の冨山和良会長にヒアリングをしたことで、日本代表選手たちの長所と短所、そしてオラルのこれまでのアプローチと失敗を整理することができた。

 ノイマンは、ノートに問題点を箇条書きにした。

・オラルはゾーンプレッシングに取り組んだが、2つの理由で実現できなかった

・1つ目の理由は、日本人選手のボール奪取能力の低さ。ボール保持者を追い詰めても、懐に飛び込もうとしない(日本人選手は体の使い方が悪い?)

・2つ目の理由は、オラルのゾーンプレッシングを教えるノウハウの欠如。できない選手を、できるようにする経験が乏しかった

・オラルは「縦に速い攻撃」をやりたかったが、ゾーンプレスを諦めたため、高い位置でボールを奪えず、「縦に速い攻撃」を実行する上での前提が崩れてしまった

・攻撃の手がなくなり、オラルは「縦に長いボールを蹴れ」という苦し紛れの指示を連発した

・選手たちは不安になり、キャプテンの上原丈一を通じて、オラルに戦術変更を提案した

・オラルが選手の提案を拒否し、両者の間に深い溝ができた

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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