[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第8話 暴かれた日本サッカーの弱点

木崎f伸也

【(C)ツジトモ】

 箇条書きを終えると、ノイマンは思わず自分のメモにため息をついた。

「これでは設計図がないまま建てられた、わらと枝でできた違法建築のようではないか」

 コンセプトが揺らぎ、選手に迷いが生まれ、監督がお手上げ状態になっている――。ノイマンはよくチームが瓦解しなかったものだと感心した。

 さて、この違法建築をどう頑丈なレンガ造りに建て直すか? ノイマンは日本サッカー連盟のアーカイブルームの床に座り、目を閉じて、スーツのまま瞑想を始めた。

 守備に関して、監督が第一に決めるべきことが2つある。1つ目はどこから守備を始めるか。それが決まれば、DFラインの高さもおのずと決まる。2つ目はリスタートのときに、選手がどこに戻るかという基本ポジション。ピッチの上にバランスよく選手が散らばっていれば、そう簡単に崩されることはない。混乱しても、まずは基本ポジションに戻ればいい。

 攻撃に関しては、最も大事なのはボールの収まりどころだ。誰がどの位置でどのようにボールを持つかで、攻撃の流れが決まる。たとえばブラジル代表であれば、たいてい両サイドの高い位置にキープ力がある選手を置いている。そこにパスが入ると、ボールを失わないので、一気に他の選手が前線に走り込めるのだ。スペインの場合、インサイドハーフがその役割を担う。

 守備のスタート位置、基本ポジション、ボールの収まりどころ……。次々にアイデアが湧いてくるが、まだ全体の構造をノートに書けるほどまとまってはいない。ノイマンは目を開けると、携帯のボイスレコーダーのアプリを立ち上げ、そこにひらめきの断片を思いつくままに記録し始めた。

「私が指導すれば、ハイプレスを理論的に教えることはできるだろう。私にはオラルと違って練習法のノウハウがある。ただ、私の直感が、それだけではうまくいかないと警告を鳴らしている」

 ノイマンが危惧したのは、冨山会長から教えられた「指示を守りすぎる」という日本人の特性だ。ヨーロッパの場合、監督からルールを与えられると、選手はいかにうまくルールを破るかを考える。一方、日本の場合、いかにうまくルールを守るかを優先する。

 もしハイプレスという方向性を示したら、それ一辺倒になってしまう恐れがある――ノイマンはそう考えた。

 冨山会長によれば、日本の一部のファンは、ポゼッションサッカーへの反発を根強く持っているという。2014年W杯でザッコジャパンが「自分たちのサッカー」と呼ばれるポゼッションサッカーで1勝もできなかったからだ。

 どうしたらそういう思考になるのだろうと、ノイマンは不思議に思った。戦術は道具であり、どんな戦術でも勝つことができる。逆に言えば、武器となる道具はたくさんあった方がいい。たとえば、先制を許し、相手が守備を固めてきたら? パスで崩すことが求められる。どんなチームでも、ポゼッションの技術を高める必要がある。

 ノイマンは再び録音のスイッチを押した。

「もしかしたら、日本人は1つのことを極めようとする性質が強すぎるのかもしれない。一見素晴らしいことに思えるが、日本人は1つだけで満足してしまっているとも言える。日本人はもっと欲張りになる必要があるのかもしれない……」

 そう録音した瞬間に、はっとひらめいた。

「指示を守りすぎてしまうなら、本当にやってほしいことは伝えなければいい。選手たちを1度混乱させ、わざとカオスに陥れてやれ。その上で日本人の気質にメスを入れ、本当のチームづくりを始める」

 選手たちを欺く――。ノイマンは“無能監督”を演じることを決意した。

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【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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