ティモンディ前田が語る済美・野球部時代「高岸と新発売のグミを見るだけで幸せだった」

吉田治良

無茶苦茶な練習量の中で求められた自主性

宇和島東と済美を、いずれもセンバツ初出場初優勝に導いた上甲監督。2014年に67歳で亡くなった名将は、厳しくも愛情深い指導者だった 【アフロ】

──前田さんの代は、結局甲子園には行けなかったんですよね?

 はい。(09年の秋季)四国大会でベスト4に残ったんですが、その時の優勝校が同じ愛媛の今治西。センバツの四国の枠は4で、そうなると愛媛から2校はないので出られませんでした。翌年の夏の愛媛大会も決勝でサヨナラ負けでしたね。

──決勝の相手は宇和島東でしたよね。

 そうなんですよ。上甲監督がかつて指導していた学校で、しかも宇和島東の監督は教え子。それで試合前に言うんですよ、「俺を男にしてくれ」って。自分よりはるかに年上の人にそんなことを言われたもんだから、みんな息巻いちゃって、アウトのうちの半分以上がマン振りしたボテボテのゴロ(笑)。そうやって最後の夏が終わって、さすがに監督も「お疲れ様」とか言ってくれるのかと思ったら、「なに負けてんやー!」って怒られました。

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──春も夏もあと一歩でしたね。

 僕らの代は、甲子園で優勝した1期生、2期生くらいの実力があると言われていたんです。甲子園しか見ていなかったので、負けた瞬間から1週間くらいは、みんなほぼ水しか喉を通らなかったくらい落ち込みましたね。

 でも今考えれば、甲子園に行けなかったという事実が、「その分を他で頑張らないと」って、ずっと思い続けられるモチベーションになっているような気もするんです。だから、逆に良かったのかもしれませんね。

──上甲監督に褒められたことってあるんですか?

 春の県大会1回戦で、初回にレフトでエラーをしたんですね。そうしたらすぐに交代させられて、「もう一生顔も見たくない」って、喧嘩した彼女みたいなことを言われて(笑)。そこからずっと出番がなかったんですが、たしか準決勝の試合で代打で使ってもらって、三塁打を打ったんです。その時は、「お前ができるのは分かってた」的な感じで褒められましたね。

──それくらいでも嬉しかったのでは?

 そうなんですよ、ちょっと甘い砂糖をもらっただけで嬉しくなっちゃう。監督はよく、「お前はこの水を飲んだら打てる」って、魔法の水と称するただの水をくれたんですが(笑)、それを飲んだ子は不思議と本当にヒットを打てた。そういう、ある種暗示のようなものをかけながら、選手との関係性を築いていく監督でしたね。

──言い方は悪いですけど、マインドコントロール的な?

 ハハハ。でも、それを打ち破る反発心を持った子が好きでしたね。無茶苦茶な練習量の中でも選手の自主性を求めていたし、そういう精神的な強さを持った子がいないと勝てないって、そう考えていたように思います。まあ、変わってはいましたけど(笑)。

理想は継投だがリスクも小さくない

今春のセンバツを制した大阪桐蔭。エースの前田など好素材がそろうが、前田さんは「全国でも1、2を争う練習量」がその強さの源だと分析する 【写真は共同】

──ところで、今年のセンバツはご覧になりましたか?

 はい、見ていました。

──大会全体の印象はどうでしたか?

 入場制限はあったとはいえ、ようやく有観客になって、ブラスバンドの応援もできて、それは本当に良かったんですけど、そこであらためて感じたのは、野球はやっぱりメンタルスポーツだなってことなんです。

 圧倒的な強さで優勝した大阪桐蔭にしても、ずっと無観客で試合をしてきたからか、らしさが出てきたのは環境に慣れた大会後半からでした。地方大会ですごく打っていた学校も、甲子園ではチーム打率が2割台とか。久しぶりにブラスバンドの応援がある中、しかも甲子園という特別な場所で、普段通りの実力を出すのはどこも難しかったのかもしれませんね。

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──その中でも大阪桐蔭がずば抜けていた理由は?

 一番はやっぱり練習量でしょうね。たぶん全国でも1、2を争う量だと思います。もちろんエースの前田(悠伍)投手のような素晴らしい素材は多いし、他の高校ならエースを張れて4番を打てる選手もたくさんいますが、周りにそう思わせるほどの練習を、彼らはしているんですよね。

──特に目に付いた選手は?

 自分がこういうピッチャーになりたかったなって思いながら見ていたのが、浦和学院の宮城(誇南)投手ですね。サウスポーで身長も同じくらい。まだ体も出来上がっていないのにストレートは140キロ台前半で、カーブの制球力もいい。あとは精度の問題ですけど、伸びしろを大いに感じますね。

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──準優勝の近江(滋賀)はいかがでしたか?

 良かったですね。エースの山田(陽翔)投手が連投で頑張っていましたが、済美も安樂投手をはじめ、伝統的に1人で投げ抜くタイプが多いですから。

 ただ近江を語る上で、(新型コロナ感染者が多数出て大会直前に出場辞退となった)京都国際のことは避けては通れません。代替出場となった近江の選手たちには、「京都国際の想いも背負って」という気持ちが少なからずあったと思います。それが成績に直結したとは言いませんが、準優勝という結果を残せた1つの要因ではあったと思います。
──前田さんは、大阪桐蔭のような継投策か、安樂投手や山田投手みたいなエースにすべてを託すやり方か、どちらが好みですか?

 うーん、これは難しいですね。もし僕が監督だったら、理想は継投って言うかもしれないけど、そこには当然リスクもあるじゃないですか。特に甲子園という舞台だと、代わって投げる子が浮足立ってしまうかもしれない。だったらエースに任せるチーム作りの方が、失敗は少ない気がしますね。継投だと、一人ひとりの負担も少なくなるし、いろんな子に経験を積ませてあげることもできますが、勝ちというものを追い求めると……。これは監督の勇気が問われるところだと思います。

──センバツで他に印象に残ったチームはありますか?

 先ほど宮城投手の名前を挙げましたが、僕は昔から浦和学院が好きなんですね。ホームランバッターがたくさんいて、見ていて楽しい野球というのはもちろんあるんですけど、センバツに関しては、普段通りのクオリティを出せている選手が結構いましたよね。それはやっぱり、大阪桐蔭とも張り合える練習量に裏打ちされたものなんだろうなって。

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著者プロフィール

1967年、京都府生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。その後、94年創刊の『ワールドサッカーダイジェスト』の立ち上げメンバーとなり、2000年から約10年にわたって同誌の編集長を務める。『サッカーダイジェスト』、NBA専門誌『ダンクシュート』の編集長などを歴任し、17年に独立。現在はサッカーを中心にスポーツライター/編集者として活動中だ。

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