連載:カタールW杯組分け決定!「日本は世界で勝てるのか」

ザックがW杯で日本の躍進を信じる理由 「メンタル的な壁さえ乗り越えれば……」

片野道郎

スペインを恐れず、逆に走らせてやればいい

持久力という点で日本はスペインを上回る。「相手の出方を窺(うかが)わず、最初からフルスロットルで飛ばすべき」というのが、ザックのスペイン攻略法だ 【Getty Images】

――それでは、スペインはどうでしょう。タイプとしては少し日本に似ているところがありますよね。テクニカルでポゼッション志向が強いけれど、ラスト30メートルの決定力は際立っているとは言えない。

 スペインは非常に速いペースでボールを動かすチームだ。自分たちが相手を走らせるような試合展開を好む。でも、日本は走ることを厭(いと)わない。持久力が高いからね。それと比べればスペインの持久力は低い。もちろんこちらが走らされる局面もあるだろうが、ボールを持ったら逆に走らせてやればいいんだ。彼らはそういったシチュエーションに慣れていないからね。私が日本にいた当時、(ビセンテ・)デル・ボスケ監督に率いられたスペイン代表は紛れもなく世界最強だったが、今はもう違う。かつてのように勝ち慣れたチームではなくなったし、前線の得点力もそれほど高くはないよ。

――日本がスペインを倒すために必要なこととは?

 何よりも相手を怖れないことだ。立ち上がりに出方を窺(うかが)ったりするべきではない。一度スペインをペースに乗せてしまえば、その後の戦いが難しくなるからね。最初からフルスロットルで飛ばし、プレッシャーをかけて思い通りにボールを動かすことを許さず、逆にこちらが2タッチ以内で素早くボールを動かし、相手を走らせることだ。そうすれば基準点を失って混乱するだろう。スペインはボールを持って自分たちのリズムでサッカーがしたい。狭い局面で細かくパスをつないでね。それをさせないためにも、日本は広いスペースにボールを持ち出し、彼らを走らせるんだ。

――それを貫くには、かなりの勇気が必要ですよね。

 そう。しかし日本がさらに上を目指すために必要なのは、まさしくそれだ。より高いところにハードルを設定し、それを乗り越えられるという確信を持って戦わなければいけない。

――たぶん、我々はまだそこまでの自信と確信を持てていないんだと思います。

 私の日本代表は(リオネル・)メッシのアルゼンチンを破り、アジアカップで優勝し、フランスとベルギーを敵地で下し、オランダとも2-2で引き分けた。さらに13年のコンフェデレーションズカップでは、イタリアをあと一歩のところまで追いつめてもいる(3-4で敗戦)。私はこうした結果によって、自分たちは強豪と呼ばれる国々と同じレベルにあるんだと確信したし、同じように選手たちにもその自覚が芽生えたと信じていた。何かの間違いで一度だけ勝ったのとはわけが違うからね。事実、日本はそれだけのレベルに到達していたんだ。フィジカル的にも技術・戦術的にも。

 ただ繰り返しになるけれど、問題はメンタル面にあった。W杯のような舞台で結果を残すには、質の高いプレイヤーが不可欠だ。日本はそれを持っている。必要なのは、メンタル的な壁を乗り越えることだけだよ。

――個のレベルでは、今の日本代表選手のほとんどが5大リーグでレギュラーとして通用しているわけですからね。足りないのはチームとして、さらに言えば国としての自覚ということになるのでしょうか。

 ピッチ上で起こることに過去は関係ないんだ。自分たちの目の前には、新たな歴史を記すべきページが開かれているのだと、選手たちには知ってもらいたい。ブラジルで起こったことを思い出すたびに、私は今でも胸が痛くなるんだ。すべての準備が整っていたにもかかわらず、もう1つ上のステージに日本を導けなかったことにね。

 直前合宿地のアメリカからブラジルに向かう時、私は口にこそ出さなかったけれど、「このチームは準決勝まで勝ち進む」と確信していたんだ。しかし、選手たちはそうではなかった。自分たちの強さを信じ切れていなかった。私自身の絶対的な確信を、彼らに説得力のある形で伝えられなかったことが、最大の後悔だよ。

――日本では今でも、「世界で勝つためには何が必要か」という筋立ての議論が繰り返されています。世界と互角に渡り合う準備はもう整っていて、あとはそれを信じて戦うだけだ、という論調にはなっていません。

 (頭を指差して)ここだけの問題だよ。準備は整っている。武器も揃っている。あとは、自分たちの力に自信と確信を持って戦うこと──。足りないのは本当にそれだけなんだ。日本の最大の長所は、プレースピードの速さ、クイックネスにある。だから速いリズムで動き、ボールも素早く動かすことだ。相手がついて来られないようなスピードでね。

吉田と冨安のCBコンビは最強レベル

ザックが強い印象を受けた若手が、ボローニャ時代から知る冨安だ。フィジカル面に加え、パーソナリティや戦術的インテリジェンスも高く評価する 【Getty Images】

――ロシアW杯後の4年間で日本代表も世代交代が進み、あなたの時代から残っているベテランは、キャプテンの吉田など一握りになりました。今の日本代表をどのように見ていますか。

 森保(一)監督にはとても良い印象を持っているよ。私が代表監督になった当時、サンフレッチェ広島はまだ単なる中堅クラブに過ぎなかったが、その後、森保監督の下で2度の優勝を果たし、Jリーグで最も重要なクラブの1つになった。特に攻撃面がよく組織されていて、質の高い選手を上手く組み合わながら機能させていた印象がある。

 今の日本代表は、最終ラインから前線までの各セクションに優秀なタレントがひしめいているが、なかでも吉田と冨安(健洋)のセンターバック(CB)コンビは最強レベルだ。さらに前線では大迫(勇也)がCFとして基準点の役割を果たし、その周囲でプレーするシャドーストライカーにも南野(拓実)をはじめテクニカルでクイックな人材が揃っている。すでにチームの骨格はでき上がっているはずだから、ここからは本番に向けて、少しでも多く、できるだけ強い国とフレンドリーマッチを組んで、経験値を高めることだ。

――ロシアW杯以降に台頭した新しい世代の中では、誰に強い印象を持っていますか。

 冨安だね。彼は本当に強力なDFだ。ヨーロッパのトッププレイヤーと互角に渡り合える体格とスピードを持っているだけでなく、強いパーソナリティがあり、戦術的インテリジェンスにも優れている。(かつて在籍していた)ボローニャはマスコミやサポーターのプレッシャーがきつく、大都市のビッグクラブを除けば、若い選手にとっては最も難しいクラブの1つだ。しかし冨安は、プレッシャーなどどこ吹く風。在籍した2年間、常にハイレベルなプレーを見せてくれた。プレミアリーグ、しかもアーセナルのようなメガクラブにステップアップしてもレギュラーとして活躍しているんだから、今の日本代表で一番高いところにいるのは、間違いなく彼だよ。

――冨安以外ではいかがですか? 特に2列目には南野を筆頭に鎌田(大地)、伊東(純也)、三笘(薫)、久保(建英)、堂安(律)、前田(大然)ら優秀な若手・中堅がひしめき、激しい競争を繰り広げています。

 それぞれ良い選手だとは思うが、レベル的にはほぼ横並びで、際立って強い印象を受けた選手はいない。テレビ画面を通じて伝わってくるインフォメーションは限られてもいるからね。しかし、何度でも繰り返すが、日本サッカーはすでに世界の強豪国と互角に渡り合えるだけのレベルに到達しているんだ。だから、あとは(頭を指差して)ここだけだよ。自分たちの長所をすべて出し切って戦えば、相手がどこだろうと関係なく、世界を驚かすことはできると、そう私は信じている。

(企画・編集:YOJI-GEN)

アルベルト・ザッケローニ

 1953年4月1日、イタリアのメルドラ出身。怪我や病気の影響もあって、20歳を前にサッカー選手を諦め、指導者の道を志す。30歳で当時セリエC2のチェゼーナティコの監督に就任。95年から率いたウディネーゼを躍進させて脚光を浴びると、98−99シーズンには強豪ミランの監督に抜擢(ばってき)され、就任1年目にスクデットを獲得した。その後、インテルやユベントスなどの監督を歴任し、10年8月30日に日本代表監督に就任。翌11年1月のアジアカップでは優勝に導いた。期待された14年ブラジルW杯は1分け2敗に終わったが、本田や香川、遠藤らを中心とした攻撃的なサッカーは、高い支持を集めた。中国の北京国安、UAE代表の監督を経て、現在は「休業中」の身だ。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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