羽生の集大成を示す「4回転半認定」、圧倒的だったチェン 歴史的試合を無良崇人が総括

野口美恵

転倒したものの、世界初の4回転アクセル認定を受けた羽生。前人未到の挑戦は、見る者を熱くさせた 【Getty Images】

 10日、北京五輪フィギュアスケートの男子シングル・フリーが行われ、五輪三連覇を目指した羽生結弦(ANA)は4位で大会を終えた。挑戦を公言した4回転アクセルを披露するも、惜しくも転倒。しかし、世界初の4回転アクセルと認定されるなど、すべてを出し切る滑りは各方面から称賛を浴びた。世界選手権三連覇のネイサン・チェン(米国)が初の金メダルに輝き、2位に鍵山優真(オリエンタルバイオ・星槎)、3位に宇野昌磨(トヨタ自動車)が入り、前回大会に続き表彰台には2人の日本人が立った。

 歴代最強とも呼べるハイレベルで個性的なメンバーが集った今大会の男子シングル。各選手がそれぞれベストを尽くし、自らが掲げる目標に挑戦にする姿が印象的だった。4回転時代において、それぞれの挑戦にはどんな意義があったのか。2014年四大陸選手権王者の無良崇人さんに、男子シングルの各選手の戦いぶりを総括してもらった。

あと一歩のところだった羽生の4回転アクセル成功

 4回転アクセルは、残り4分の1のところまで回り「4回転半」の認定が出ました。アンダーローテ判定ではありますが、世界初の快挙です。実際に全日本選手権よりも回っていましたね。「右足の上にあと0.1秒でも立っていられれば降りられた」という完成度には到達していました。「普段は跳べているけど回転がちょっと足りなかった」という時の転び方になっていたのは、本当にすごいことです。右足を着いた瞬間は「降りたかな!」と思いました。

 アクセルへの入り方も、全日本選手権と変わりました。カーブを使って跳ぶことで、回そうとする力をうまく利用できるようになり、回り始めるタイミングが早くなりました。回転速度も速かったと思います。ショート前日の公式練習で、一番惜しかった時の4回転アクセルが、一番回っていたかもしれません。本番ははさみ始めが若干遅かった印象です。それでも試合一発であそこまでできた点については素晴らしかったですよね。

 4回転サルコウは、ちょっと勢いが足りなかったように見受けられました。アクセルの転倒で、スピードがすぐに出せなかったかもしれません。前日の公式練習でけがをしたことで、当日朝の練習では、フリップやトウを突いた時に痛そうにしていて、4回転の着氷でも勢いを逃がして踏ん張らないようにしている印象がありました。

 けがを抱えながらも、後半のジャンプをまとめられたのは、全日本選手権の経験が生かされたと思います。他の部分は崩れないことを実証できる自信があったと思います。冒頭の4回転アクセルで力を入れるので、本来なら後半で感覚が狂ってもおかしくないのですが、それをまとめられたのは彼の実力の高さです。

またショートの後に「3回転アクセル+3回転ループ」に挑むことを決めていましたね。自分が何をやれば上に食らいつけるかを考えてのジャンプ構成だったと思います。結果的に右足を痛めて、ループをつけるのは難しかったと思いますが、そのジャンプ構成を予定した時点で、攻め方や諦めない気持ちが伝わってきていました。

痛くても意地でも4回転アクセルを全力で締めてやろうとしたことが伝わってきて「やっぱり、ゆづだな」と思う演技でした。

圧巻の演技でついに五輪で頂点に立ったチェン

4回転ルッツを成功させた瞬間、誰もがチェンの金メダルを確信するほどの会心の演技だった 【Getty Images】

 チェン選手は緊張のなか、それを吹き飛ばす演技でした。直前に滑った鍵山選手の演技がすごかったのは会場の空気で伝わってきたはずなので、そのなかであそこまできるのは「さすが」としか言いようがないです。冒頭の「4回転フリップ+3回転トウループ」と4回転フリップ、この2本の迫力にやられました。金メダルがかかる五輪のフリーなのに、まったく動じていないことが伝わってきました。

 3本目の4回転サルコウが決まったのが大きかったですね。この3本で46.34点ありました。そこまでの点数を見て、トータルの技術点(総要素点)は一体何点になるのかと、驚異的でした。4本目の4回転ルッツを降りた瞬間には、勝ちを確信したのでしょう。一気に表情が変わった印象でした。

 最後のコレオシークエンスは、心の底から楽しんでいて、あんなに笑って滑っているチェン選手は初めて見ました。この『ロケットマン』のプログラムは2シーズン前も使っていますが、この五輪が一番いい表情で演技していました。それがすごく印象的でした。

 4年前の平昌五輪の苦しさが余りにも大きかったのでしょう。この4年の努力が報われた気持ちが爆発したと思います。唯一、3回転フリップが1回転になり、演技後に首を傾(かし)げる姿があり、「取りこぼしたなあ」という気持ちだったのでしょう。しかし、それは全く関係ないほど、圧倒的ですごい演技でした。

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著者プロフィール

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

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