羽生結弦が目指す「天と地と」の完成形 4回転アクセルへの挑戦の先に見えるもの

沢田聡子

「これでやめてもいいんじゃないかな」

試合後、羽生は「『これでやめてもいいんじゃないかな』と思っていた」と、苦しんでいた時期の心境を明かした 【写真:坂本清】

 羽生は今年4月に行われた国別対抗戦の練習で4回転アクセルに挑戦しているが、その時と比較しても今大会で見せた4回転アクセルが完成形に近づいているのは明らかだ。しかし、羽生は一筋縄ではいかない挑戦について言及している。

「初日(23日)のアクセルを皆さん見ていて『羽生、めちゃくちゃアクセル上手になったじゃん』って思われたとも感じているんですが、あれが出来るようになったのが、本当にまだここ2週間ぐらいなんです。それまではずっとぶっ飛ばして跳んでいて、軸が作れなくて、回転ももっともっと足りなくて、何回も何回も体を打ちつけて、本当に死ににいくようなジャンプをずっとしていたんですが、やっとああいうふうになり始めて。でも、それが毎日できるわけじゃないんです。

 だから皆さんの中で『これは跳べるんじゃないか』みたいな感じで思っていただけたと思うんですが、正直、あそこまでで結構いっぱいいっぱいです。軸を作るということがどれだけ大変なのかということと、その軸を作り切れる自信ができて、それから100%で回し切るっていうことをやっていかないと駄目なので。まあ、試合の中であれだけできたら、まだ今の自分にとっては妥協できるところにいるんじゃないかなと思います。悔しいですけどね(笑)」

 羽生が明らかにしたここまでの4回転アクセルへの道程は、壮絶だった。

「(4回転アクセルを)誰も跳んだことないんですよ。誰もが『できる気がしない』って言ってるんですよ。できるようにするまでの過程って、本当にひたすら暗闇を歩いているだけなんですよね。だから毎回頭を打って『脳震とうで倒れて死んじゃうんじゃないか』って思いながら、練習していました」

 右足首の怪我で欠場したNHK杯(11月)の前には、羽生は挑戦をやめることも考えたという。4回転アクセルの着氷で立つことができるようになった翌々日に捻挫し、さらにストレスにより食道炎を患い発熱。その後の1カ月間は何もできなかったという。

「その時点で『やめちゃおうかな』って思ったんですよ。『まあ、ここまでこられたし。形にはなったし、こけなくなったしな』と思って。この全日本に来るまでにNHK杯前よりも上手くなってしまいましたが、正直『これでやめてもいいんじゃないかな』と自分の中では思っていました。皆さんに『羽生さんにしかできないですよ』『羽生ならできるよ』って言ってもらえるのはすごく嬉しいんですが、自分の中で限界をすごく感じたんですよね。『だから、もうこれでいいじゃん』って思ったんですけど……」

 12月7日に27歳になった羽生には、時間との戦いから生まれる焦燥感もある。

「正直、自分の中でも結構焦っていて。早く跳ばないとどんどん体が衰えていくのは分かりますし、自分が設定した期限より明らかに遅れているので『なんでこんなに跳べないんだろう』という苦しさはある。そういう意味での苦しさと、自分の中で『こんなにやっていてもできないのに、やる必要あるのかな』みたいな、諦めみたいなものが大分出ました」

みんなのために叶えたい「夢」

「神業」とも言えるすさまじい難題に挑む羽生(左)。その思いは北京で結実するか 【写真:坂本清】

 それでも、羽生は全日本で4回転アクセルに挑戦することを選んだ。

「全日本に来る前、最後の日の練習で、本気で締めて、あと4分の1で完全に360度回り切った状態、q(4分の1の回転不足)判定されるようなところで4発ぐらいこけていて。その時にいろいろ考えた結果『この全日本じゃやめられないな』って。ここまできたんだったら、皆さんが僕にかけてくれている夢だから、皆さんのために。自分のためというのはもちろんあるんですけど、皆さんのために叶えてあげたいなって思いました」

 葛藤の末、羽生は前に進むことを選んでいる。その理由の1つは、あと1歩まで迫った自分の悲願を叶えるため。そしてもう1つは、未知の領域に到達した瞬間を、全世界のスケートファンに届けるためだ。

「すごい悩んで悩んで、苦しんで、もうちょっとだけ『せっかくここまできたんだったら、やっぱ降りたい』って言っている自分がいるので、むちゃくちゃ皆さんに迷惑かけるかもしれないですけど、もうちょっとだけ頑張ります」

『天と地と』は、4回転アクセルを入れて初めて完成するプログラムだ。羽生は、苦しみながらもあくまでもそれを目指そうとしている。ジャンプも含め全ての要素が滑らかにつながり、1つの作品となるプログラム。それは羽生の理想であり、フィギュアスケートの真髄でもある。前人未到の4回転アクセルに挑みながら、表現面でも突き詰めたプログラムを完成させるという神業に、羽生は挑もうとしている。北京五輪で、その挑戦は結実するのだろうか。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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