初対面の2人が描くプレーの共通点とは? 猶本光×中村憲剛スペシャル対談【前編】

原田大輔

中村憲剛が語る猶本と家長の共通点

猶本が立ち位置を変えることで周囲を動かしているという話を聞き、憲剛さんは家長昭博(右)のプレーに共通点を見いだした 【Getty Images】

――猶本選手のプレーを見ていると、自身の立ち位置によって周囲を動かしているように見えます。そうした思考にも、2人の共通点を感じます。

猶本 まだまだですけど、そうした意識が徐々に出てきています。特に2列目でプレーするようになってからは、相手のディフェンスラインを困らせるというか、いかに自分たちが優位に立てるかを考えながら立ち位置を決めています。サイドハーフでプレーするときには、サイドバックの選手といかに連動するかも考えるようになりました。自分の立ち位置によって、攻撃がハマり、崩せる場面もある。そこが面白いと思うようになってからは、チームメートが、どこにポジションを取ってほしいのか、しかも、どのタイミングで取ってほしいのかまで具体的に話をするようになりました。

中村 それが分かってくるとさらにサッカーが面白くなってくると思いますよ。今まで語ってきた内容と真逆というか、次のフェーズの話になってしまうのですが、自分の立ち位置によって周りを動かせるようになると、究極、自分がボールを触らなくてもいいと思えるようになるんです。自分がそこに存在することによって、相手がそこを埋めてくれば、他の選手が空くことが分かるようになる。レッズレディースのサッカーを見ていると、猶本さんはサイドに張ってどうにかしてくれということを求められているわけではないですよね?

猶本 まさにその通りです。

中村 例えば、サイドから相手ボランチの背中に立ち位置を取れば、相手はそれだけで気になりますし、本来、猶本さんのマークを受け持っているサイドバックからしてみれば、中に入っていくからどう対応すればいいか分からず、混乱させることができる。相手のセンターバックは、2トップをマークしなければならないのに、猶本さんが中に入ってくることで、数的不利になってしまうので、ボランチがヘルプしなければならなくなる。そうしたことを今、感じつつあるのではないですか?

猶本 はい。

中村 それができるようになると、自分が行く先々で、数的有利が生まれることになる。まさに今のフロンターレで言うところの家長(昭博)がやっているプレーがそれです。

猶本 確かに家長選手は頻繁にポジションを変えていますよね。

中村 右サイドから中に入ってくれば、左サイドまで流れていくこともある。僕はよく、それを出張って呼んでいたんですけどね(笑)。

猶本 それで言うと、うちも出張だらけというか、常に出張はOKなスタイルなので(笑)。

――憲剛さんがプレーしていたフロンターレと、猶本選手がプレーするレッズレディースのサッカーには親和性がありますね。

猶本 そうですね。ただ、私自身、ドイツから帰ってきたときには、そこに一番、戸惑いました。フライブルクは、自分が与えられたポジションの役割を全うしなさいというサッカーだったんです。だから、レッズレディースに戻ってきて、流動的に動いていいと聞いたときには、頭が混乱した時期もありました。

中村 ヨーロッパ、特にドイツでは自分が担当するポジションを守るという意識が強いと聞きますよね。確か、(内田)篤人も『ドイツでは自分のポジションでの勝ち負けで選手の評価が決まる』と言っていたことを思い出しました。

猶本 そうなんです。だからこそ、日本に戻ってきたときは、そのギャップに戸惑いました。最初は自分のポジションに穴を空けてしまうことが不安だったのですが、試合を重ねて、チームメートと擦り合わせていくことで、出張していいタイミングや場所が分かるようになってきました。一方で自分がボールに触る回数が少ないと、仕事をしていないという評価を受けるのではないかと思ってしまう自分もいるんですよね。

中村 そこは、おいしいところだけ顔を出せばいいんです(笑)。自分はボールに触らず、みんなを動かして、ゴール前までボールを運んでもらって、アシストもしくはゴールを決める。実際、僕も同じ悩みを抱えた時期はありました。でも、それもアシストやゴールを重ねていけば、結果を残しているという見方に変わっていく。何より、これも個人戦術の一つだと思うので、猶本さんが今、感じているようなプレーを、みんなが理解していくことで、日本人がさらに世界と戦えるようになっていくと思います」

猶本 確かにそこに日本人が世界と戦うヒントがあるかもしれないですね。

後編に続く
猶本光(なおもと・ひかる)
1994年3月3日生まれ。福岡県小郡市出身。三菱重工浦和レッズレディース所属。MF/8。2007年に福岡J・アンクラスでなでしこリーグ2部デビューを飾り、12年に浦和レッズレディースに加入。18-19シーズンからSCフライブルクに移籍すると、ブンデスリーガでプレーした。20年に浦和レッズレディースに復帰すると、なでしこリーグ優勝に貢献。中盤で存在感を発揮し、ゴール、アシストを記録。プレースキックでもキッカーを務め、精度の高いボールを供給している。
中村憲剛(なかむら・けんご)
1980年10月31日生まれ。東京都小平市出身。都立久留米高(現・東京都立東久留米総合高)、中央大を経て2003年に川崎フロンターレ加入。中心選手として17年、18年、20年のJ1リーグ優勝など数々のタイトル獲得に貢献。16年には歴代最年長の36歳で年間最優秀選手賞に輝く。20年限りで現役引退し、現在は育成年代の指導や、川崎フロンターレでFrontale Relations Organizer(FRO)を務めるとともに、解説者などでも活躍中。6月には現役最後の5年間について綴った『ラストパス 引退を決断してからの5年間の記録』(KADOKAWA刊)を上梓。

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著者プロフィール

1977年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めた後、2008年に独立。編集プロダクション「SCエディトリアル」を立ち上げ、書籍・雑誌の編集・執筆を行っている。ぴあ刊行の『FOOTBALL PEOPLE』シリーズやTAC出版刊行の『ワールドカップ観戦ガイド完全版』などを監修。Jリーグの取材も精力的に行っており、各クラブのオフィシャルメディアをはじめ、さまざまな媒体に記事を寄稿している。

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