千葉ロッテ常勝軍団への道〜下剋上からの脱却〜

「チーム」と「事業」は球団の両輪 ロッテ河合球団社長の描くビジョン

長谷川晶一
「千葉ロッテマリーンズ 理念」を発表し、それを基に策定されたチームの中長期的なビジョンやメッセージをまとめた「Team Voice」を表明した2021年のロッテ。井口監督に続き、今回は河合克美オーナー代行兼球団社長に球団が描くビジョンを伺った。1974年以来、リーグ1位から遠ざかっているチームを、河合氏はどのようにして「常勝軍団」へ導いていくのだろうか。

「強み」を生かして、「弱み」を減らす

19年から現職に就き、改革をけん引している河合氏 【写真:長谷川拓司】

――千葉ロッテマリーンズは現在、中長期的な展望の下、チーム改革を進めています。また、井口資仁監督は「マリーンズに黄金時代をもたらす」と発言しています。そのためには現場とフロントとの連携がとても重要になりますね。

河合 プロ球団というのは「チーム」と「事業」の両輪が噛み合って初めてビジネスとなります。チームが強くなって人気が出て、結果としてお客さんが球場にやってきて、チケットやグッズが売れていく。この両輪がうまく回らなければいけません。いくら事業だけに力を入れても、チームが弱ければお客さんは来てくれませんから。

――河合さんがオーナー代行に就任したのが、2018(平成30)年のことで、翌19(令和元)年オフからは、球団社長も兼務しています。それまではロッテ本社のマーケティング戦略の要職を担っていたと伺いました。オーナー代行就任時に感じたマリーンズの強みや弱みを教えてください。

河合 オーナー代行に就任して細かい個別のレポートを見ているうちに、このチームにはどこにチャンスがあるのか、どこに課題があるのかが少しずつ見えてきました。強みというのは「生のスポーツコンテンツの面白さ」です。世の中のデジタル化が急速に進んだことで、人々は逆に、「リアルな面白さ」に気づき始めたのではないか? デジタルを通過した人たちが、改めてスポーツコンテンツの価値に気づき始めたのではないか? そこに強みがあるのではないかということは強く感じました。

――では、「マリーンズの弱み」はいかがですか?

河合 先ほど申し上げた「両輪」がうまく回っていないことです。「チーム」と「事業」が、それぞれ別々に展開している。明快なビジョンや理念があるわけではなく、単に「黒字化しよう」ということだけが大命題になっていました。私はそれまで、ロッテグループ全体のマーケティング戦略を担当してきました。その際には必ず自分たちの事業の足元を見つめ直す作業をしていました。

――当然、千葉ロッテマリーンズの足元も見直されたわけですね。

河合 はい。足元を見つめ直して、どの部門が稼いでいて、どの分野が課題で、どこに集中していけば、継続的な成長戦略が描けるのか? それを実現するためにはきっちりとしたデータ分析をして、短期的、中期的、長期的にやるべきことを考えなければならない。教科書的な言い方になってしまいますが、「選択と集中」が必要だと考えました。球団の勝機はどこにあるのか? そこをきちんと分析すれば勝機も見えるはず。それは、お菓子の事業も野球の事業も変わらないんです。

――足元を見つめ直すためには、しっかりとしたデータ収集と分析が重要になります。井口監督の就任2年目となる19年にはデータ収集と分析を行うチーム戦略部が創設され、翌20年には球団にマーケティング戦略本部が設立されました。いずれも、河合さんが球団に関わるようになって以降のことですね。

河合 球団にマーケティング部自体がありませんでしたので、経営戦略に直結するマーケティング戦略本部はどうしても必要でした。同じことはチームにも言えることで、きちんとデータ分析をする必要がありました。データをベースにして全体の戦略を練ること。他球団の選手層とうちの選手層をデータで比較して、「明らかに弱いのはここだよね」という点を整理していきました。

――その分析の成果としてドラフト戦略も明らかに変わったそうですね。

河合 当時、マリーンズ投手のストレートの平均球速はパ・リーグ最下位でした。150キロ以上のストレートの割合も、ソフトバンクが30パーセント以上なのに対して、マリーンズは約3パーセントほどでした。100球投げて3球しか150キロが来ない。単純に考えると、そんな状態で戦っても勝てるはずがないのでは、となる。ならば、ドラフト戦略として速い球を投げる選手を獲ればいい。他球団から速い球を投げる投手を狙っていけばとなる。

「常勝軍団」を目指すための理念作り

19年ドラフト1位で入団した佐々木(右)。獲得は明確な球団のビジョンに基づいたものだった 【写真は共同】

――そこで、19年ドラフトではあえて競合覚悟で、高校時代に163キロを計測した佐々木朗希投手の指名に踏み切ったわけですね。

河合 ドラフト前のミーティングでは全員一致で「佐々木朗希でいこう」となりました。ただ、面白いのは「もしも抽選で外したら、誰を指名するか?」という話題になると、「大卒の技巧派で○○という選手が……」とか、「横手投げの即戦力で○○が……」となるんです。うちのチームに足りないものは「150キロ以上を投げる投手だ」とわかっていても、つい、その視点が抜け落ちてしまうんです。

――指名方針に揺らぎが生じてしまったということですね。

河合 どんな事業でもそうですけど、理屈はわかっていても「いざ」となるとコロッと変わってしまうことはしばしばあります。そのためにも、誰もが共有できる理念やビジョン作りが重要なんです。でも、往々にして理念というのは絵に描いた餅となり、どうしても自分事になりにくい。だから、時間はかかるけれども、球団の理念作りにおいて立候補制にしました。今の20代、30代の社員にとっての「20年後、30年後のあるべき姿」を自分たちの手で考えてもらおうと考えたのです。

――その結果誕生したのが、「千葉ロッテマリーンズ理念」ですね。「勝つための三カ条」として「勝利への挑戦、勝利の熱狂、勝利の結束」を掲げています。

河合 これらは「マリーンズらしさ」が結実している言葉であり、未来永劫続く理念です。その理念を持った上で「では3年後、5年後にはどうすべきか?」というもので、中長期的なビジョン、メッセージを共有することを目的に「Team Voice」を策定しました。うちみたいな成長過程にあるチームが3年後、5年後、10年後をめざすときに、その時々で言っていることがコロコロ変わっていてはダメなんです。

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著者プロフィール

1970年5月13日生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務を経て2003年にノンフィクションライターに。05年よりプロ野球12球団すべてのファンクラブに入会し続ける、世界でただひとりの「12球団ファンクラブ評論家(R)」。著書に『いつも、気づけば神宮に東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社)、『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(インプレス)、『生と性が交錯する街 新宿二丁目』(角川新書)、『基本は、真っ直ぐ――石川雅規42歳の肖像』(ベースボール・マガジン社)ほか多数。

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