走ることを「生き方」につなげた大迫傑 集大成のラストランを有森裕子が解説
男子マラソンで6位入賞を果たした大迫傑。ラストランとなったレースで、本人も納得の「100点満点」の走りを見せた 【写真は共同】
真夏の札幌決戦を制したのは、30キロ過ぎからペースを上げて独走し、2時間8秒38秒で走り切ったケニアのエリウド・キプチョゲ。世界記録保持者が貫禄を見せつける形で、リオ五輪に続く2大会連続の金メダルを獲得した。銀メダルはオランダのアブディ・ナゲーエ(2時間9分58秒)、銅メダルはベルギーのバシル・アブディ(2時間10分00秒)で、彼らにローレンス・チェロノ(ケニア)、アヤド・ランダッセム(スペイン)を加えた4選手が終盤に2位争いの集団を形成。大迫はそのわずか後方で彼らを最後まで懸命に追いかけた。
日本勢にとって1992年バルセロナ大会以来となる29年ぶりのメダルには届かなかったものの、自ら「現役ラストラン」と位置づけた東京五輪で印象的な走りを見せた大迫。バルセロナ五輪、アトランタ五輪の2大会連続でメダルを獲得し、現在は日本陸上競技連盟理事副会長である有森裕子さんに、大迫の集大成となる走りについて話を聞いた。
大迫傑の「固い意志」と「緻密なプラン」
レース序盤、“集団の中の右端”に位置取った大迫。このポジショニングには明確な狙いがあった 【写真は共同】
今回もまた、「東京五輪でどんな走りをしたいのか」をしっかり自分で決めて、このレースに臨んでいた印象です。他の選手もそれぞれ意志を持っていますが、彼の場合は他の誰が決めたものでもなく、「自分自身にかけた、未来を見据えたプレッシャーや要求」だからこそ、しっかり自分と戦える。それが見事な走りにつながったのではないかと思いますね。
今回のレースでは世界のトップに対して、大迫選手は「頭脳戦」で立ち向かいました。緻密なプランをしっかり形にし、決して焦らず、冷静な判断を下しながら走ったレースだったと感じます。
特に印象的だったのが“序盤の位置取り”です。今回のコースは反時計回りだったので、最短距離を走れる左の内側に位置するのがセオリーです。実際、序盤に先頭集団にいた服部選手は左側をキープし続けていましたよね。しかし、大迫選手はずっと右端にいました。曲がるたびに大回りになるので最初は「なぜだろう?」と思ったのですが、徐々にその理由がわかってきました。今回は、給水ポイントがすべて右側にあったのです。
服部選手は給水のたびに、混雑した中を割って入っていく形で左から右へと大きな移動を強いられました。そこで足を相当使ったことが想像できますし、疲労が溜まるほど影響は大きくなっていきます。対して大迫選手は、最初から給水の取りやすさや、後々の暑さからくるダメージを念頭に置いた上で、右側を走っていたのでしょう。
給水だけでなく、帽子を頻繁に変えながら走ったことも含め、彼は暑さへの対策がしっかりできていました。私もアトランタ五輪では、脱水症状になりかけた経験があります。今回は前日の女子よりは涼しい気候だったとはいえ、夏のレースは給水の重要性が冬とは比較になりません。しつこいくらいの暑さ対策が不可欠だし、実際にあれくらいこだわって対応がすることで、世界と戦えることを示しました。 また、周囲のランナーの変動に揺さぶられずにペースを構築したことからも、大迫選手は本当に冷静沈着にプランを組み立てていて、「やり抜くんだ」という固い意志をひしひしと感じましたね。