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川澄奈穂美を一夜で有名にしたあの一戦
「緊張のキの字もなかったですね」

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2011年ドイツW杯の準決勝スウェーデン戦で初先発した川澄奈穂美は、2ゴールを挙げる活躍で期待に応えた
2011年ドイツW杯の準決勝スウェーデン戦で初先発した川澄奈穂美は、2ゴールを挙げる活躍で期待に応えた【Gettyimages】

 なでしこジャパンが世界の頂点に立った2011年ドイツW杯。準決勝のスウェーデン戦で初先発すると、2ゴールの活躍で一躍シンデレラガールとなったのが川澄奈穂美だった。


 グループリーグでは第2戦のメキシコ戦、第3戦のイングランド戦に途中出場するも、出場時間は計30分ほど。準々決勝のドイツ戦では出番すらなかったが、スウェーデン戦でチャンスを掴むと、続くアメリカとの決勝にも先発フル出場するなど優勝の立役者となった。


 試合後の表彰式では、金色の紙吹雪が舞う中でとびきりの笑顔も光った。


 あれから10年。「すごく昔のようにも感じますし、もう10年って感じも両方ですね」と語る川澄の中には、W杯優勝はどんな記憶として刻まれているのだろうか。

スウェーデン戦の2点は出来過ぎ!?

「緊張より、むしろうれしい。緊張のキの字もなかったですね」


 日本との時差が13時間ある中、現在滞在する米国からオンラインで取材に応じてくれた川澄は、パソコンの画面越しにキャリアでも大きなターニングポイントとなった一戦、ドイツW杯準決勝スウェーデン戦の先発を告げられたときの率直な心境をそう明かしてくれた。


「それまでサブとして練習していても、体は動いていました。私にとっては初めての世界大会でもありましたけど、チームメイトも頼もしかったですし、『えっ! スタートっ!?』などという気持ちはなかったですね」


 当時のなでしこジャパンは佐々木則夫監督の下、先発メンバーはほぼ固定され、W杯でも準々決勝までの4試合はすべて同じ11人でスタートしている。だが、佐々木監督は準決勝でプレーに悩みを抱えていたFW永里優季に代えて川澄を先発に起用。すると、川澄は2ゴールを挙げる活躍で期待に応えた。


 完全アウェイの中、地元で強豪ドイツを下してから中3日で行なわれたスウェーデン戦。なでしこジャパンはミスから開始10分に先制を許す苦しいスタートとなったが、そんな嫌なムードを断ち切ったのが川澄だった。


 小柄ながら自慢のスピードとスタミナを武器に前線で存在感を見せた川澄は、19分に左サイドの宮間あやの正確なクロスに飛び込み同点弾を挙げると、64分には宮間からの縦パスに安藤梢が反応し、前に飛び出してきたGKが弾いたところを見逃さなかった。


 ゴールまでの距離は約30メートル。川澄はボールを拾うや否やボールを高く蹴り上げると、そのボールは見事にがら空きのゴールへと吸い込まれ、3-1とスウェーデンを突き放す決定弾となった。


「得点はどんな試合でも狙っていますけど、あの2点は出来過ぎでした。ただ、あの年は結果的になでしこリーグでも得点王になっていますし、自分の中では点を取ることに違和感も舞い上がるようなこともなかったですね。リーグであろうとW杯であろうと1点は1点というか。なので、逆に周りの反応が大きかったのは少しびっくりしました。とくに2点目のゴールは、いまだに覚えてくれている方が多くて、よく言われますからね(笑)」

仲間の奮闘にベンチでシビれたドイツ戦

ドイツW杯終了後の帰国会見で笑顔を見せる川澄。帰国前は「日本でなでしこフィーバーが巻き起こっていることなどつゆ知らずだった」とも話している
ドイツW杯終了後の帰国会見で笑顔を見せる川澄。帰国前は「日本でなでしこフィーバーが巻き起こっていることなどつゆ知らずだった」とも話している【写真:アフロ】

 スウェーデン戦での2ゴールで、川澄は一夜にして全国区の人気者になったと言ってもいい。なでしこジャパンも決勝進出を決め、翌日以降はワイドショーや週刊誌で連日特集が組まれたほど。だが、当の川澄はそんな騒ぎになっていることはつゆ知らずだった。

栗原正夫

1974年生まれ。大学卒業後、映像、ITメディアでスポーツにかかわり、フリーランスに。サッカーほか、国内外問わずスポーツ関連のインタビューやレポート記事を週刊誌、スポーツ誌、WEBなどに寄稿。サッカーW杯は98年から、欧州選手権は2000年から、夏季五輪は04年から、すべて現地観戦、取材。これまでに約60カ国を取材で訪問している

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