言葉のチカラ〜世界で戦い抜くために〜 NBA渡邊雄太が大切にしていること

【(c)Yasushi Kobayashi】

 ある日の試合後の記者会見。メディアの人が僕にこんな問いかけをしてきた。

「ガベージタイムで、見事にリバウンドを取りましたが……」

 瞬時に僕は語気を強めて反応してしまった。「ガベージタイムなんて、ありません」と。

 その場が凍りついたのがわかった。その記者さんに、決して悪気はなかったはずだ。得点差がついてしまい勝敗の行方が決まった後の、残り1分2分。実際に、なかなか評価されにくいその時間に良いプレーをした、好意的な記事を書くための質問だった。それでも僕はそのたったひとつの言葉を、どうしても看過することができなかった……。

1分、1秒も消化時間はない

“ガベージ・タイム”。

 直訳すると、ガベージは『ゴミ、不要な物』。つまりは、勝敗が決した試合の残り時間のことだ。NBAではよく使われるが、僕にはどうしてもこの言葉が受け入れることができない。バスケットボール界の頂点、NBAでベンチ入りできるのはたった450人。全世界の競技人口が4.5億人と言われているから、まさに選りすぐられた一握りの選手たちだ。気が遠くなるようなハードワークの末につかんだ努力の結晶。その1人として戦う限り、1分、1秒も消化時間というものはないのだ。ひとつでも良いプレーを見せて認めてもらわない限り、次の試合に出場できる保証はどこにもない。だからこそ“ガベージ・タイム”という言葉を、自分の頭の片隅にすら置きたくなかった。

【Hannah Foslien/Getty Images】

“言葉のチカラ”。僕はそれを信じている。

 ポジティブな言葉も、そしてネガティブな言葉も。刷り込まれた言葉は人の意識を変え、その後の人生に大きな影響を及ぼす。NBAという世界で戦い抜くために大切にしている言葉について、僕が普段感じていることを語れたらと思う。

 まず大好きな言葉、それは「謙虚」だ。

「初心と謙虚、2つの言葉を大事にしなさい」。そう教えてくれたのは高校時代の恩師、色摩拓也先生だ。いまでこそNBAでプレーしているが、実は僕は昔からエリートじゃなかった。中学時代に成長痛で悩まされて思うようなプレーができず、高校進学にはとても苦労した。全国の強豪校と言われる高校に推薦枠を使って入りたいと考えたが、言われた言葉はこうだった。

「ちょっと使えない」

 そんな僕に声をかけてくれたのが、地元・香川県にある尽誠学園の色摩先生だった。決して全国レベルで知名度の高いチームではなかったが、色摩先生は名指導者として有名だった。先生の教えを受けて、僕は地道にコツコツ練習を積み重ね続けた。すると高校2年生のとき、史上最年少で日本代表に選ばれるまでに成長できた。

 そのときだった。色摩先生から言われた言葉をいまでも忘れない。

「とにかく“謙虚”でいきなさい。日本代表に入ったからといって、偉そうぶってはいけないよ」

 先生が意図していたのは、こういうことだ。日本代表に選ばれるということは、応援してくれる人も増える一方で、穿った見方をしたり粗探しをする人も絶対に出てくる。だからいままで以上に、他の選手以上に、挨拶や高校生として当たり前の姿勢を、特にコートの外で強く意識する必要があるんだと。以降、僕はさらに“謙虚”という言葉を胸に刻みつけた。

 実はそのおかげで、大学進学のためにアメリカに来てからも、随分と助けられたことがある。僕は高校を卒業後、全然英語を喋れないまま海を渡った。渡米前には「英語すら喋れないのに……」「アメリカでプレーするなんて、いまさらもう遅い」など否定的な言葉を投げかける人も多かったが、小学生のときに決めた夢、色摩先生の言葉を借りると“初心”である「NBAでプレーする」という決意と覚悟だけは絶対に揺らぐことはなかった。

 実際にアメリカに来てもう8年、すでに人生の3分の1近くをこちらで過ごしているが、本当に多くの人の支えがあってやってこれたのだと感じている。大学に入る前の準備校(=セント・トーマス・モア・スクール)のバスケチームでは仲間たちが喋れない僕の英語に親身に根気強く付き合ってくれたし、ジョージ・ワシントン大学に入ってからも卒業するための厳しい勉強面でもサポートしてくれた人たちがたくさんいた。その間、僕はひたすら“謙虚”であり続けようとした。それはNBAに入っても何ら変わることはない。その思いを継続しているから、レベルの高いところで認められるには上手な人以上にもっともっと練習するしかないと心の底から思えるのだ。

【(c)Yasushi Kobayashi】

「謙虚」という言葉の日本とアメリカの意味の違いで、忘れられないエピソードがある。昔から僕のファンでもあり、誰よりも僕を理解しずっと応援してくれている大切な両親との出来事だ。

 いまでもハッキリと当時のことが記憶に残っているが、それは大学4年生のとき。ちょうどシーズンが終わって、本格的にNBA入りを目指す大事な時期だった。正直、ドラフトはされないだろうと思っていたので、サマーリーグで活躍しないとNBA選手にはなれないという状況にあった。

 地元・香川に住む両親と連絡を普段から取り合う中で、ある日こんなLINEが届いたのだ。

“知り合いの◯◯さんに会ったんやけど、「雄太くんはNBA選手になれるんでしょ?」って聞いてきた。だから冗談めかして「ウチの息子はまだまだですよ」って言っといたよ”

 そのメッセージを見たとき、僕は本当にショックを受けた。
 ドラフトは難しいとわかっていても、誰よりも自分が努力をしている自覚が僕にはあった。不安で孤独で、それでも自分を奮い立たせようとしていた時期。ほんのひと言でもいい、背中を押してほしい、そう無意識に思っていたのかもしれない。そんな最中に、両親から送られてきたのが、このメッセージだったのだ。

 両親からすると、息子のことを控えめに、それこそ“謙虚”に答えただけ。その気持ちは重々理解できたし、聞き流すこともできなくはなかった。でもそのときの僕にとって「ウチの息子はまだまだ」というのは、ネガティブな響きにしか聞こえないし、どうしても我慢できなかった。実際アメリカに来てから、親子の在り方についてこれまでと違った感覚を持つようにもなっていた。こちらでは、親が子どものことをしっかりと褒める。チームメートの親が僕に向かって「うちの子、すごいでしょ」って言ってくるのを、素直に羨ましいと感じることもあった。

 そこで、悩んだ僕は高校時代のチームメイト、楠元龍水にメッセージを送って相談することにした。彼は現在、延岡学園バスケ部のコーチで、いまでも精神面でもプレー面でもアドバイスをくれる唯一無二の大親友だ。

“両親の言葉が気になるんだ。もちろん父さんも母さんも僕のことを応援してくれているのはわかっているから、わざわざ言う必要もないのかもしれないけど……正直、気になるんだ”

 楠元の答えは、極めてシンプルだった。

“お前が気になっているなら言うべきだろ。大丈夫、わかってくれるさ”

 その言葉に押されるように、僕は両親に素直な胸の内をメッセージでこう伝えた。

“いまNBAの選手になれるかなれないかの瀬戸際の時期に、マイナスの言葉を僕に伝えるのはやめてほしい。いちばん僕のことを理解してくれているのは父さんと母さんだし、バスケを始めたときから、僕がNBAでプレーするためにサポートしてきたのは2人なんだから、NBAでプレーするまで僕の背中を押し続けてほしい”

 すると、すぐに両親から電話がかかってきた。遠い故郷からの第一声はこうだった。

「本当に申し訳ないことをした……」

 そんな言葉に、僕も本当に胸が痛くなったのを覚えている。でも言葉のチカラは少なからずあると思っている。僕が努力を怠っていて、実力もないのにNBAでプレーしたいと言っていたら、「ウチの息子はまだまだ」と言われても甘んじて受け入れる。でも努力していることを両親もわかってくれていて、僕自身もNBAでプレーするだけの準備はできていると思っていたから、マイナスよりもプラスの言葉を吸収することで力にしたいと思った。だから、両親に対してもあえてそこは言わせてもらったのだ。

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著者プロフィール

ザ・プレーヤーズ・トリビューン(The Players' Tribune/TPT)は元ニューヨーク・ヤンキースのデレク・ジーターによって設立され、グローバル展開をしている新たな形のスポーツメディアです。第三者のフィルターを介することなく、世界中のアスリート自らが言葉を発信して、大切なストーリーをファンと共有することを特長としています。TPTでは、インパクトのある文章や対談、ドキュメンタリー映像、音声などを通じて一人称で語りかけ、新たなスポーツの魅力と視点を提供します。

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