言葉のチカラ〜世界で戦い抜くために〜 NBA渡邊雄太が大切にしていること

「いい顔でバスケットをしてください」このひと言に心が解放された

 そういえば、大学時代に忘れられない思い出がもう1つある。これもまさしく、言葉のチカラだ。

 僕は1年生のときに幸いにもチームで活躍できていた。ところが、2年生になると急激にスランプに陥ってしまった。こんなはずじゃない、どうしてなんだ、というプレッシャーにもがき苦しんでいた。出口の見えないトンネルの中にいるような感じだった。すると、タイミングを見計らったように日本にいる色摩先生からメールが届いたのだ。そこに書いてあった言葉は、ただひとつ。

「いい顔でバスケットをしてください」

 このひと言に、心が解放された。僕が忘れかけていた“バスケを楽しむ”ということを再び思い出すことができたのだ。これは紛れもなく、先生が高校時代に部員たちに言い続けていた言葉だった。そのメールをいただいた直後の試合で、スランプが嘘だったかのように僕は当時のキャリアハイの活躍。改めてポジティブな意味での、言葉のチカラを強く感じることができた出来事となった。

【Photo by Mike Stobe/Getty Images】

 2018年、目標だったNBAという世界にやっと一歩踏み出すことができた。1年目のメンフィス・グリズリーズでは「NBAってこんなにすごいんだ」と、とにかく肌で感じることができたが出番は少なかった。2年目も1年目と同じような感じで、基本的に下部組織のGリーグで過ごすことが多かった。NBAに呼ばれても、ケガ人が出たときにそのリハビリに付き合うための練習相手であったり、正直苦しい時期だった。

 そして3年目の今シーズン、僕はトロント・ラプターズに移籍した。加入してトレーニングキャンプが始まってすぐに考えたこと。それは、チームの雰囲気や選手を見て、ここで自分が何をすれば役に立てるのか、ということだ。ラプターズはディフェンスからオフェンスにつなげるチーム。僕自身もディフェンスが得意だから、ディフェンスでしっかりチームに貢献できるし、リバウンドでもチームに貢献できる。そうした視点から「YUTA WATANABE」という1人の選手の特長をこのチームで活かすためにはどうしたらいいのだろう、といつも客観的に自分自身を考え続けている。

「チームを勝たせることのできる選手になりなさい」

 これも高校時代に色摩先生がいつも口にしていた言葉で、先生からもらった数多くの言葉の中でも最も大切なものの1つ。そしてNBAという頂きで戦うようになって、さらに輝きを増している言葉だ。

 この世界には、エゴは強いがチームの中心になる絶対的なスーパースターの存在がいる。でもそのタイプの選手ではないことは、僕自身がいちばんわかっている。僕がチームに必要とされるにはどういうプレーが必要なのか。それは、自分がボールを長い時間持って、とにかくたくさんのシュートを打って、ということではない。ディフェンスやリバウンド、スタッツには見えない、人が嫌がるような細かい仕事をやることで、チームの中での存在感を示すことができると思っている。

 自分の役割を明確に理解しているというのは、NBAの世界で生き残っていくには非常に大切なことだ。そんな選手のことを、英語で“ロールプレーヤー”と呼ぶ。どんなにスーパースターが1人で40点、50点取ったとしても、1点でも相手に多く取られたら試合には勝てない。「チームを勝たせることのできる選手」。色摩先生が教えてくれたこの言葉は、僕がいまNBAで生き残っていくために目指す、最高のロールプレーヤーへの道に奇しくもつながっている。

 先日ある人と会話をしていて、ふとこんなことを言われた。

「渡邊選手が表現する“謙虚”という意味は、英語で言う“be humble”と“be grateful”が重なった言葉なのかもしれませんね」

【(c)Yasushi Kobayashi】

 確かにそうなのかもしれない。

 “謙虚”を英語で表現すると、“humble”という言葉が一般的だ。そこには「謙虚な、控えめな」といった日本語と同じ良い意味もありながら、同時に「つまらない、質素な、地位が下だ」といった少しネガティブなニュアンスも実は含まれている。だからこそ“grateful”、つまり初心を忘れずいまの自分の環境に感謝する気持ちも含めて、僕が考える“謙虚”の本質がある。


 まさしく、ずっと大切にしてきた「謙虚」と「感謝」、そして「初心」だ。

 実際にNBA選手になりたくてもなれない人がほとんどという厳しい世界で、僕はその舞台に立つことができている。もちろん簡単にはプレータイムはもらえない。その悔しさと葛藤はあるが、そんな厳しい世界に身を置いていられること自体が本当にありがたいのだ。

 そして先日、4月18日。与えられた機会を大切にプレーし続けた結果、ラプターズと本契約を交わすことになった。メディアの皆さんが今回の契約を大きく報じてくれているのは本当に嬉しいことだ。ただ、僕がNBAプレーヤーとして3シーズン、このコートに立ち続けてきた事実は何も変わらない。キャンプ限定のexhibit10契約であろうとも、2-way契約であろうとも、今回の本契約であろうとも……契約上の違いこそあれ、僕がNBAのコートで取り組んでいることに何ら変わりはないし、今後もやるべきことは何ひとつ変わらないのだ。謙虚と感謝、そして初心を決して忘れることなく、僕はロールプレイヤーとしての力量を磨き、いついかなるときも努力を怠ることはない。この世界の頂点で少しでも長く生き残っていくために。

 そう。1分、1秒たりとも、無駄な時間なんて一切ない。

“ガベージタイム”なんて言葉は僕の辞書には、ない。

 コートに出たら常に全力を尽くし、必要としてもらって次の試合でさらに少しでもプレータイムが伸びることを目指す。ただそれだけだ。

“言葉のチカラ”を信じて。これまでも、そしてこれからも。

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著者プロフィール

ザ・プレーヤーズ・トリビューン(The Players' Tribune/TPT)は元ニューヨーク・ヤンキースのデレク・ジーターによって設立され、グローバル展開をしている新たな形のスポーツメディアです。第三者のフィルターを介することなく、世界中のアスリート自らが言葉を発信して、大切なストーリーをファンと共有することを特長としています。TPTでは、インパクトのある文章や対談、ドキュメンタリー映像、音声などを通じて一人称で語りかけ、新たなスポーツの魅力と視点を提供します。

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