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コロナ禍で生まれた「スポ止め」のいま
学生スポーツ支援から変革へ
「スポーツを止めるな」の(左から)伊藤華英理事、最上紘太共同代表理事、野澤武史代表理事。立ち上げの経緯と現在の活動、今後の展開について語ってもらった
「スポーツを止めるな」の(左から)伊藤華英理事、最上紘太共同代表理事、野澤武史代表理事。立ち上げの経緯と現在の活動、今後の展開について語ってもらった【スポーツナビ】

 2020年は日本社会、スポーツ界がコロナ禍に見舞われた苦難の日々だった。そんな難局の中で、次のステージを目指す若いアスリートを支援する狙いで始まった活動が「#スポーツを止めるな」だ。活動は大きな広がりを見せ、昨年7月には社団法人も設立されている。社会からの評価も高く20年度の朝日スポーツ賞を受賞し、スポーツ庁が主催する「INNOVATION LEAGUE」ではパイオニア賞にも輝いた。


 今回の座談会には「一般社団法人スポーツを止めるな」の代表理事を務める野澤武史氏、共同代表理事の最上紘太氏、3月から理事に就任した伊藤華英氏が参加し、「#スポーツを止めるな」の立ち上げと展開、取り組みと目的を語っている。

昨年5月にTwitterから活動スタート

――「スポーツを止めるな」の活動はいつ、どのように始まったものですか?


野澤武史 2020年の5月14日に「ラグビーを止めるな」「バスケを止めるな」の活動が始まって、それがスタートになっています。私はラグビー(の指導者)ですけど、3月の終わりに、ラグビーの高校選抜大会(全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会)がなくなりました。選抜は新3年生のお披露目となる全国大会で、そこに(大学の)リクルーターの方もたくさん来ます。そんなイベントがなくなって、どこに良い選手がいるのかブラックボックスに近い状態となってしまいました。


 私は日本ラグビーフットボール協会のタレント発掘も担当しているので、「どこかに良い選手はいない?」「このポジションはどう?」みたいな問い合わせを(大学のリクルーターから)受けていました。高校の先生にうかがってみたら、そちらも去年まで早いタイミングで決まっていたような選手が、今年は決まらず困っていたんです。


 緊急事態宣言の真っ最中でしたが、「何とかしたいね」と考えて、最上さんに相談をして、Twitterを使った活動を始めました。それが発端です。


――最初はタグを付けて、文字や簡単な動画をTwitterにアップするシンプルな仕組みでした。


野澤 お金もありませんし、時間の制約もありました。あと6月は、どの大学も誰を採るか決めてしまうタイミングなんですね。3月の選抜の時期からできれば良かったんですけど、5月はギリギリのタイミングで、システムを組んでいても無理という判断になりました。それがTwitterを使って展開した経緯になります。


最上紘太 相談を受けたときに思ったのは「これはスポーツ界全体に共通している問題なのではないか」ということです。他競技の皆さんにヒアリングをしたら、「完全に止まっていますよ」という状況だったんです。ラグビーで成功パターンを作って横に展開していく発想が生まれました。成功事例、ロールモデルとしてのラグビー、バスケの成功をまず狙いにいきました。


――いつ頃から「成功パターン」は見え始めていましたか?


最上 5月14日にスタートして、最初の1週間くらいでもう大学からオファーを受ける子が何人か出たんですよ。先生方からも御礼の連絡を次々にいただく状況が生まれて……。あの1カ月は本当に濃い、ある意味で異常な時間でした。ただ、世の中的にはまだ1カ月ですよね。一般社団法人にしないと、ニーズに応えて必要な打ち手を責任を持って行っていくのが難しくなるなと考えました。


 今回発表した「HANDS UP」のインフラがありますけど、インフラは作りっ放しというわけにいきません。責任が生まれ、中長期で取り組む体制が必要となると、「最上です」「野澤です」という個人は限界がある。非営利型の一般社団法人を作って、責任を持ってやろうと決めました。

今年3月に伊藤華英さんが理事就任

元競泳選手の伊藤華英さんは今年3月に理事就任。「1252プロジェクト」を推進する
元競泳選手の伊藤華英さんは今年3月に理事就任。「1252プロジェクト」を推進する【スポーツナビ】

――社団法人化の決定までかなり早い流れだったんですね。


最上 インフラを整えなければな……となった時点で、選択肢はそれしかありませんでした。「そのインフラは誰のもの?」となってしまいますのでね。7月20日に「一般社団法人として取り組みます」と発表しました。


――野澤さん、最上さんは慶應義塾のラグビー部出身ですが、伊藤華英さんは水泳界のご出身です。伊藤さんが活動を知った、関わるようになった経緯はいかがですか?


最上 相当早い段階で「水泳はどうなの?」と聞いた記憶があります。4月に一回話したと思います。ただ水泳は案外止まっていなかった。


伊藤 トップクラスはですね。ジュニアオリンピック、インターハイはなくなりました。


野澤 ジム、スイミングスクールは全く止まっているという話もありましたね。


最上 社団法人にするタイミングであらためてお話をして、入ってもらいました。


伊藤 SNSはよく見るので、最初は「#ラグビーを止めるな」のハッシュタグを見つけて「これは何だろう」「ラグビーはいいな」と感じていました。そういう(社団法人化)話になって、賛同者として関わらせてもらいました。


最上 3月1日からは理事になっていただきました。「1252プロジェクト」の話を3月1日にして、それと同時に理事就任を発表しています。

大島和人
大島和人

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都町田市に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、バレーなどの現場にも小まめに足を運び、試合観戦数は毎年300試合を超える。日本を実はサッカーだけでなくバスケ強国であるスペイン、バレー王国・ブラジルのような球技大国にすることが一生の夢で、“球技ライター”を自称している。

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