駒澤大・大八木監督が手にした奥義とは 個の成長にこだわり、世界で戦える選手に

加藤康博

13年ぶりに箱根駅伝の王者となった駒澤大。名伯楽として知られる大八木監督は、どのように頂点へとチームを導いたのか 【写真は共同】

 最終10区での歴史的な大逆転で、13年ぶり7回目の箱根駅伝王者となった駒澤大。「まさかで手にした優勝。2番だと思っています。終わってすぐ、選手には“この優勝の余韻に浸ることなく気持ちを切り替え、次の目標に向かうように”と話をしました」と間もなく2カ月が経過しようとしている今、大八木弘明監督は謙遜気味に振り返る。

「速さがあっても強さがない」課題からの脱却

 エントリー選手上位10名の1万メートル平均タイムトップ、もしくはそれに近い戦力を何度も作りあげながら、13年間、優勝に手が届かなかった。

「速さはあっても強さがない」

 大八木監督は何度もこう繰り返してきた。今回、同タイム28分26秒81は参加チーム中トップ。その上で優勝を手にできたことは「速さを強さに変えられた」ことを示しており、長年のテーマを解消した意味で価値のある勝利だ。なぜそれが成し遂げられたのか。大八木監督の言葉とともに振り返ってみる。

 まずはこれまでの歩みを簡単に見てみたい。駒澤大は1995年に大八木監督がコーチとして指導を開始すると地道な走り込みを徹底し、2000年代前半から駅伝で強さを発揮。2002年からは箱根4連覇も成し遂げ、「ロードの駒大」として名を馳(は)せた。そして2000年代後半、高校時代に5000m13分台のベストタイムを持っていた宇賀地強(現・コニカミノルタコーチ)、深津卓也(現・旭化成コーチ)らが入学したことをきっかけに、トラックのスピード強化にも本格的に着手。この2名は在学中に日本選手権で入賞を果たすまでに成長した。

 だが、最後に箱根駅伝を勝ったのは2008年大会。もちろんその後も幾度となく、優勝候補に挙げられてきた。最も大きなチャンスは2013年大会。この時はエントリー上位10名の平均タイムで、今季に匹敵する28分31秒02を記録した。現在、長距離界を席巻するナイキ社のシューズの登場前ということを考えれば、そのレベルの高さが分かる。だがこの時は主力の体調不良による欠場、さらにブレーキした区間もあり3位にとどまった。2015年も同様に平均タイムでトップを取りながら、2位に終わっている。

 今回、速さを強さに変えられた理由はどこにあるのか。大八木監督に質問をぶつけてみた。

「スピード強化の練習とスタミナ強化の距離走。このバランスがうまくいったことが大きいと思います。ここ10年前後、トラックを得意とするスピードランナーが多く入学し、そのスピードを伸ばそうと取り組んできましたが、いざ駅伝対策になった時、距離走の粘りが足りない場面が多くありました。スピード練習のウェイトが増すと、どうしてもスタミナ対策は後手に回ります。しかし今季はスピードを伸ばす練習をしつつ、スタミナ強化する方法が確立し、選手に落とし込むことができたと思います」

 そして「スピード練習の質を下げたわけではありません。むしろそのレベルは上がっています」と付け加えた。将来、世界で戦えるだけのポテンシャルを持つ選手はもちろん、実業団に進み、そこで力を発揮できる選手になるためにもスピード強化は必須だ。大八木監督のその信念は変わっていない。それでいながらコメントにある通り、スタミナ強化を両立させるメソッドを作り上げた。そのきっかけは、中村匠吾(現・富士通)のマラソン挑戦にあったという。

中村の成功例を糧に、指導法にも変化が

駒澤大OBで、東京五輪マラソン代表の中村。卒業後も中村の指導に携わるうちに、大八木監督にも変化があったという 【写真は共同】

 2015年に駒澤大を卒業した中村は引き続き駒澤大を拠点とし、大八木監督の指導を仰ぎながらマラソンへ向けた練習を継続した。2018年の初マラソン以降、順調にステップアップし、2019年9月のマラソングランドチャンピオンシップで優勝。東京五輪マラソン代表の座を手にしたのは周知の通りだ。この過程で、大八木監督は発見が多くあったと話す。

「中村がマラソンに挑戦し始めてから、東京五輪が決まり、そこで戦うためのトレーニングを続けている現在まで、一貫して彼の課題はスピード持久力を高めていくことでした。いかにハイペースを長く維持できるかという能力であり、そのためには絶対的なスピードを高め、同時にスタミナもつけないといけません。その力を養うための方法を模索していく中で、学生の練習でもヒントがありました。細かく話すとキリがありませんし、あまり言いたくないのですが(笑)、簡単に言うと“練習のかみ合わせ方”ですね。スピード練習と距離走をどのくらいの間隔で入れ、それぞれどのくらいの負荷で行うか。選手の特性によって変わってくる部分なので皆が同じというわけではありませんが、全体としてうまくいった手応えがありました」

 トラックのスピード強化の上に、マラソン練習を参考にした練習でスタミナをつける。それが新たに駒澤大が手にした奥義と言える。

 すでに多くのメディアで取り上げられている通り、大八木監督の指導方法にも変化が生まれている。厳しさの中の優しさと言うべきか、積極的に声をかける場面が増えた。本人は「かといって練習自体が優しくなったわけではありません」と断りを入れる。要はコミュニケーションの頻度と内容を変えたということだろう。

「60歳手前くらいから体もしんどく感じるようになって、気持ちの面でかつてのようにはいかなくなりました。もう箱根は勝てないのではないかと思ったこともあります。しかし中村を指導し、東京五輪の代表に決まってからもう一度、駅伝を勝ちたいと強く思うようになったのです。そのために必要なことは何か。もっと選手に近づき、ひとりひとりと細かく接することが大切なのではないかと考え、私自身が行動を変えていきました」

 朝練習では選手を送り出すとグラウンドで待つことが多かったが、今は自転車でその後を追い、選手の状態をチェックする。選手の特性、個性に合わせ、指導する際の言葉も変えた。そうすることで選手の状態、気持ちなどこれまで見えていなかったことが見えてきたという。その積み重ねが「強さ」になったのではないかと大八木監督は話す。

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著者プロフィール

スポーツライター。「スポーツの周辺にある物事や人」までを執筆対象としている。コピーライターとして広告作成やブランディングも手がける。著書に『消えたダービーマッチ』(コスミック出版)

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