連載:GIANTS with〜巨人軍の知られざる舞台裏〜

巨人戦のチケットでつながるファンとの絆 1枚の紙片を“夢の切符”へと変える

小西亮(Full-Count)

異質な空間だから得たヒント

「バーチャルビューチケット」は、コメント投稿や応援アクションができ、試合映像をただ眺めるのではなく視聴者が参加できる 【提供:読売新聞社】

 当初の開幕から3カ月遅れ、東京ドームに球音が戻ってきたのは6月19日。スタンドは空っぽだった。政府の方針を受けた無観客開催で、チケットは相変わらず売ることができない。だが、この異質な空間こそが、発想を転換させるヒントもくれた。

「恥ずかしながら今までは、球場に来て試合を見るという価値をお客様に買っていただくという考えで仕事をしていました。ただ、こういう状況になって、お客様が球場に来ていない時間というところに初めて向き合うことができました」

 観戦体験がもつ価値を出発点に、アイデアを巡らせた。「能動的に参加することだったり、同じものを他の人と一緒に体感する同時性だったりという視点。球場にいる時の熱量を少しでも体験できるようにできないか、と」。試合映像をただ眺めるのでなく、参加する。その意図を「バーチャルビューチケット」という企画で形にした。

 専用のアプリで巨人戦のライブ配信を見ながら、コメント投稿や応援アクションができ、視聴者同士で会話も可能。スマートフォンなどのデバイス上で、球場のスタンドが“疑似体験”できる。開幕からの本拠地12試合で、無料トライアルとして実施した。

「やってみて非常に面白かったのが、試合の細かいプレーはテレビなどで見つつ、同時にアプリを活用したという人が多かったことです」

 アプリだけで完結せず、観戦をより楽しむための補完的な使い方をしていることは発見だった。もちろん、仕様上の操作性や満足度の点で改善の余地も出た。ビジネスとして成り立たせるためには、有料でも満足できる価値の提供が必要になってくる。

「不便なもの、退屈なものはどんどん淘汰(とうた)されていく。お客様の目線で、どんどん便利で面白い体験をできるように取り組んでいかないと、見限られちゃうんじゃないか」。そう金沢さんは感じている。たとえ巨人という大看板があっても、ユーザーは正直だ。「球場以外のところで、どうファンの皆さんとつながるかを勉強しながら、新しい観戦体験を作っていきたい」と未来を見る。

巨人戦のチケットがつくる「心動く瞬間」

9月下旬には、入場制限が緩和され1万9000人まで入るようになった東京ドーム。チケット販売を担う金沢さんは、ソーシャルディスタンスを保ちながらどうチケットを売っていくか、日々考えを巡らせている 【写真は共同】

 球場内の安全と、球場外の満足が「ウィズコロナ」の両輪。7月中旬からはようやく上限を5000人に設定した有観客開催が始まった。ソーシャルディスタンスの確保を前提に、東京ドームの座席表とにらめっこしながら客席を配分。1組あたりの人数はさまざまで、複雑な組み合わせを無駄なく落とし込んでいくのはなかなか難儀だった。さらに、いつ上限が上がっても下がっても即座に対応できるよう、さまざまなパターンも想定していった。

 コツコツと地道な作業の上に実現した5000人の空間。9月下旬からはさらに緩和され、東京ドーム内には1万9000人まで観客が増えた。金沢さんは、コンコースからスタンドを眺めるたびに感じる。

「まだまだ去年までのような満員の景色は見られていないですけど、今来てくださっているお客様はそれぞれ良い顔をされているなって。そう思うと、4万人でも、1万9000人でも、5000人でも僕らがやることは変わらないです」

 10月。秋の深まりとともに、歓喜の瞬間がすぐそこまで迫ってきた。単なるリーグ連覇という事実だけではない。コロナ禍の異質なシーズン。五輪は1年延期され、列島に重たい空気が垂れ込めた。1934年から歴史を刻んできた球団が果たすべき役目を、金沢さんも我ごととして捉える。

「巨人戦を見てくださるお客様に、前向きな力や、心が動く瞬間を少しでも味わってもらいたい。そして僕らも、お客様と分かち合いたい」

 1枚の紙片を、夢の切符へと変える。その醍醐味(だいごみ)に突き動かされ、ファンの手元にチケットを届けていく。

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著者プロフィール

1984年、福岡県出身。法大卒業後、中日新聞・中日スポーツでは、主に中日ドラゴンズやアマチュア野球などを担当。その後、LINE NEWSで編集者を務め、独自記事も制作。現在はFull-Count編集部に所属。同メディアはMLBやNPBから侍ジャパン、アマ野球、少年野球、女子野球まで幅広く野球の魅力を伝える野球専門のニュース&コラムサイト

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