選手の思い切実「ファンの存在感じたい」 無観客の巨人戦を盛り上げた若手の知恵
監督や選手から届いた切実な声
無観客試合で行われた開幕当初、東京ドームはオレンジに染め上げられた 【写真は共同】
「開幕できるのか、できないのか。できたとして、どうやるのか。キョロキョロしながらの毎日でした」
スポンサーへの対応とともに、想定される今後の展開を見極める。4月に入り、開幕を無観客で迎える動きが強くなった。
「巨人戦というコンテンツを世の中に発信していく部署として、何をすべきかを考えました」
がらんとしたスタンド。ストレートに響くミット音や打球音。静かなドームで開幕に向けた練習試合が進行されていく中、監督や選手らから切実な声が届いた。
「無観客でも、ファンと一緒に戦いたい。ファンの声援が背中を押してくれるんだ」
清水さんは思った。たとえ空席でも、チームとファンと繋ぐ場所はスタンドに変わりない。
「ファンの皆さんに、東京ドームで選手と一緒に戦っている実感や、またあのスタンドで見たいという感覚を持ち続けてもらいたいなと考えました」
6月19日の開幕戦。スタンドには壮大な景色が広がった。
オレンジ色の「橙魂ユニホーム」を座席ひとつずつに掛けて染め上げたスタンドに、黒字が浮かび上がる。内野席には「GIANTS PRIDE」「2020 TOKYO」、外野席には「WITH FANS」。東日本大震災を受け、2012年から始まった「橙魂」の企画。「辛い時こそ、一緒に乗り切ろうという象徴になってくれれば」との思いを込めた。直接見ることのできないファンのために、出来上がるまでの過程を動画で配信。「ようやく開幕できるという記念碑のようなものをみんなと分かち合いたいという思いでした」。
ファンの声はSNSに溢れた。
「『東京ドームに行ってみたかった』と投稿くださった方も結構いらっしゃって、まさにこんな言葉がいただけたらいいなと思っていました」
彼らの思いを乗せ、選手の背中を押す。満員の空気感で満たされた場内。その日チームは逆転勝ちを飾り、異例のシーズンが始まった。
清水さんは文化・芸術の世界からプロ野球の世界へ。巨人というコンテンツの一端を担う責任とやりがいを大事にしたい、と話す 【撮影:竹内友尉】
2016年に企画した「大妖怪展」では、国宝などの美術品から妖怪ウォッチまで幅広いジャンルの展示に挑戦し、若い世代に受け入れられたことはうれしかった。入社以来、11年携わってきた文化・芸術の世界からプロ野球の世界へ。「私でもやっていけるのかな」と不安がないと言えば嘘だった。そんな時、ふと親からこう言われた。「昔は『巨人・大鵬・卵焼き』と言われたほど。それくらい大きなものを担当させてもらうんだという気持ちを感じなさい」。高度経済成長期に子どもたちが好きなものを挙げた「流行語」は、ファンや市井の人々とともに歩んできた伝統そのものだと思った。
広がる新たな球場の光景
新加入のパーラがメジャー時代から使用する、「シャーク・ダンス」を楽しめるビジョンも用意。7月、ようやく半年が経ってファンの前でお披露目された 【提供:読売新聞社】
「巨人ファンは1年365日、巨人のことを好きでいてくれていると思います。試合がなければ何もしなくていいかと言えば、そうじゃない」
スタンドはがらんとしていても、ファンは画面上の試合映像に見入り、音声に聞き耳を立ててくれている。開幕前から用意していたビジョン映像は、テレビ中継で時折映し出されていた。中でも、新加入のヘラルド・パーラが打席に入る際の紹介映像は好評だった。メジャーリーグ時代から使っている打席登場曲『ベイビー・シャーク』のリズムに合わせ、ファンがサメの口のように両手を上下させる「シャーク・ダンス」を楽しめるようコミカルに編集した力作だった。
「SNSを見る限りは、ファンの反応は良いと思いました。ただ、最終ゴールは東京ドームにお客さんが戻ってきた時にどうなっているかだと」
その映像に乗って、みんなでダンスを楽しむ。そのための仕掛けも用意していた。今年から場内演出とグッズ販売を連動させる試みにも着手。オレンジ色のサメをモチーフにしたシャーク手袋を発売した。
「巨人の応援グッズといえば、まずオレンジ色のタオル。それに加えてもうひとつグッズを持って応援してもらうことは難しいことなのかも」。不安もあったが、無観客では確認しようがない。5000人を上限に観客動員が始まったのが7月。「映像を撮影したのが1月ですから、ようやく半年が経って結果を直接見ることができました。先行きが見えないなか、我慢強く準備に取り組んでくれた演出関係者の皆さんに、感謝の気持ちしかありません」。
7月28日。東京ドームに、ファンが戻ってきた。スタンドには、新たな光景が広がっていた。
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