勝ち名乗りで両手を上げて敵から英雄へ パキスタンの観衆が猪木の虜になった瞬間
「アクラム戦で両手を上げたから英雄になれた」と、猪木は当時のポーズをとってくれた 【撮影:菊田義久】
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アウェーの環境に身を置くと「闘う魂が燃えてくる」
あの空気は「もう殺されてもおかしくないな」というほど異様なものでしたよ。ただ、こういう話になると冗談みたいなんだけど、昔は勝つと両手を上げていたんです。勝って、両手を上げた俺を見て、イスラム教のアラーの神への祈りを捧(ささ)げているんだと観衆が思って、異様な空気だった会場がスーっと静まり返った。
――それも伝説の一部として語り継がれていますね。
翌日から大ヒーローですよ(笑)。ホテルの前には写真を撮ろうと大勢の写真屋が待っていて「猪木の写真を撮る」とひしめき合っていた。あの後、アクラムの弟が挑戦するしないがあって、パキスタンには1週間くらいいたのかな。
――しかし敵は10万人という圧倒的なアウェーの状況でした。そこにたった一人で乗り込んで、なぜ、そんな命の危険にさらされながらの闘いが出来たのでしょうか?
なぜ? それしかないんだもん。
――それだけご自身の強さに絶対の自信があったから、ということですか。
そんなに自信を持ったことはないんだけどねぇ(苦笑)。
――いえいえ、よほどの自信がなければ、10万人の中に1人で乗り込んでいけないですよね。
まあ「俺は強いんだ」とは思ってはいたけど(笑)。そこまで強さを過信するようなことはなかったんだけど、そういう場面に出くわしてしまうと、闘魂、闘う魂が燃えてくるというのかな。
――緊張や恐怖ではなく「闘魂」が燃えてくる。
そうなれば、やるしかないからね。
「環状線6号線の理論」とは?
10万人もの観客が猪木の試合を観戦に訪れた 【写真提供:ライトハウス】
まあ、通常のルールから外れた試合ですよ。私の「環状線6号線の理論」というのがあるんですけど、そこからはみ出す人生というのかな。環状線の中にいたら見えないものが、はみ出すことによって全然違う側面が見えたりだとか。そういう意味では、アリとの試合やアクラムとの試合は、のちのちの外交だとかにも、とても役立った試合だと思いますね。
――最近、ネットで「猪木さんの寝技のすごさ」が話題になりました。現役時代のスパーリング映像を見ると柔術家のように猪木さんが「下からの攻め」を見せていて「高専柔道経験者か」「ブラジル時代に柔術をやっていたのではないか」という説まで飛び出しまして。
フフフ(笑)。
――今年2月の天龍源一郎さんとのトークショーで「日本プロレス時代、力道山道場には柔術・柔道上がりの先輩たちがいて、(ヒクソン・)グレイシー柔術がやっていた技は昔から全部出来た」と。そうした力道山道場で培(つちか)った闘いの技術を持っていたことも、猪木さんが「殺し合いのような試合」が出来た理由なのか、と。
それにプラスして、カール・ゴッチさんの「骨と骨」という技術もあった(ゴッチ式の関節技テクニック)。あの人にはそれだけの力もあって。その力も、俗に言うバーベルの力じゃなくて、関節技を極める力。
――なるほど。
だから、グレイシーが出てきて人気を博したけど、まあ三角絞めだろうが(腕ひしぎ)逆十字だろうが何でも、そんなのはみんな教えてもらってましたからね。
――はい。
そういう意味では、極限までいけば「俺はやれるよ」というね。それは確かに自信かもしれない。
――しびれますねえ。ただ、リングに寝そべり、立っている相手を下からコントロールする猪木さんの寝技は今でこそ「すごい!」となりますが、アリ戦当時は「寝てばかり」と酷評されました。闘い方を理解されない歯がゆさや、いらだちはなかったですか?
あんまりそういうことは考えたこともなかった(笑)。分かんないヤツには分かんねえんだよ。昔もタンカを切って、リング上から「見たくないヤツは見に来るな!」ってね(笑)。見たくないヤツが会場に来るわけないんだけど(笑)。