“大谷ルール”は可能性を広げるか? メジャーリーグに新設された「二刀流枠」
時代を映し出してきた、ルール変更
二刀流・大谷の出現が、メジャーリーグに新ルールをもたらした 【写真は共同】
スリーバント失敗が三振となったのは、8年連続でシーズン200安打(1894〜1901年)を放ったウィリー・キーラー(オリオールズなど)が原因と伝えられる。彼はバントを警戒して内野手が前に出てくれば、ワンバウンドで内野手の頭を超えるような打球(ボルチモア・チョップ)を放ち、それを警戒して内野手が下がれば、バントを転がし、足でヒットを稼いだ。
そのバントはライン上の際どいところに転がすべく何度も試み、さらに打ちにくい球はバントファウルで粘った。しかし、それではいつまで経っても彼の打席が続き、スリーバント失敗が三振となったという。ただ、厳密にはいつからルールとなったのかはっきりしない。1900年ごろと言われるが、公式には曖昧なままだ。
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一因は、当時の歪な球場とされる。ブルックリンにあったエベッツ・フィールドなどは、ライトポールまで296フィート(約90メートル)だったのに対し、レフトポールは382.83フィート(約116.7メートル)。その救済として、ルールが存在していたようだ。
ルール変更は、人気回復にも利用されてきた。
1969年にはマウンドの高さが5インチ下げられ、同時にストライクゾーンが、打者の肩から膝までだったのが、脇の下から膝までに変わり、小さくなった。これは、当時の投高打低の解消が狙い。1968年、大リーグの平均打率が.238(今も史上最低)まで下がり、投手有利の時代にピリオドを打とうとしたのだ。
ちなみに当時、なぜ、投手が打者を圧倒していたのか。一因としてスライダーの登場が挙げられている。それまで球種といえば真っすぐとカーブがほとんど。そこにスライダーが加わり、野球を変えた。
ただ、このことをかつてイチロー(マリナーズ会長付特別補佐)に聞くと、「スライダーというより、球種が2つから3つに増えたことが大きいんじゃないかな」と指摘した。なるほど、そちらが本質だったか。いずれにしても、投手戦ばかりでは人気に影響が出たようだ。
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大谷の登場により「二刀流枠」が新設
さまざまなルール変更がされた今シーズン、その中でも「二刀流枠」の新設に注目が集まる 【Getty Images】
新型コロナウイルスの影響で、延長の場合は無死二塁からスタートし、ナ・リーグでも指名打者が起用できるなど、期間限定のルールもあるが、ワンポイントが消滅し、投手は最低でも3人の打者と対戦しなければならなくなった。
交代を減らして試合時間を短縮したいという思惑があるが、ベンチ入りできる選手の数も25人から26人に増えた。今季に限っては開幕時に最大30人を登録できるが、開幕して29日目から26人となる。
ロースターサイズの変更に伴い、選手を投手、野手、二刀流選手という3つのカテゴリーに分けて登録することになった。投手登録の上限は13人。しかし、二刀流選手がいれば14人の投手がベンチ入りできる。野手は、6点以上差のついた試合か、延長でしか投げられない――というルールは来季に持ち越しになったが、いずれにしても今後、二刀流選手がロースターにいる場合、そこにアドバンテージが生まれる。
このロースターに関連した変更で注目なのは、やはり「二刀流枠」の新設。それは早くも“大谷ルール”とも呼ばれ、たった一人の選手の登場によって、大リーグのルールが変わったのだから、ちょっとした衝撃だった。
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