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吉本から東京の4を引き継いだ渡辺剛
CBへのこだわりとプロ2年目の決意

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今季からレギュラー番号を背負い、副主将にも任命された渡辺。東京五輪代表にも選出されている有望株だ
今季からレギュラー番号を背負い、副主将にも任命された渡辺。東京五輪代表にも選出されている有望株だ【Agence SHOT松永和章】

 FC東京のアカデミーに在籍していた中学時代は小柄な中盤の選手。しかし、高校、大学を経て昨季、大型センターバックとなって帰還した。夏までは出場機会を得られなかったが、チャン・ヒョンスの移籍によってポジションを掴むと、U-22日本代表、A代表選出と、一気に階段を駆け上がった。そんな俊英にクラブが用意したのは、4番と副キャプテンの役職――。東京の未来を背負うセンターバック、渡辺剛はさらなる飛躍を誓う。

FC東京「背番号4」の系譜

山尾光則(99〜02年)→オリベイラ(02年)→迫井深也(03年)→呉章銀(04年)→藤田泰成(05年)→八田康介(07年)→ブルーノ・クアドロス(08〜09年)→高橋秀人(10〜16年)→吉本一謙(17〜18年)→渡辺剛(20年)

4番はカズくんのイメージ

渡辺の前に4番を付けていたのが吉本一謙。吉本にとって4番はアカデミー時代に背負った愛着のある番号だった
渡辺の前に4番を付けていたのが吉本一謙。吉本にとって4番はアカデミー時代に背負った愛着のある番号だった【(C)J.LEAGUE】

――プロ2年目となる今季、背番号が「32」から「4」に変わりましたね。


 最初は変えるつもりがなくて、強化部の方から提案されたときは「変えなくていいです」と伝えたんです。


――32番に愛着があったからですか?


(大学4年時、18年シーズンの)特別指定選手のときから32番を付けているし、32番のユニホームを着たファン・サポーターの方を見たとき、「自分のユニホームを買ってくれた人がいる!」ってすごく感動したんですよね。その人たちのためにも、32番のままでいたほうがいいかなって。

 それに、4番より3番のほうが好きなんですよ(笑)。高校時代も、大学時代も3番だったので。だから、冗談半分で「3番が好きなので、4番はいいです」みたいなことを言ったら、強化部の方に苦笑されました(笑)。


――3番は森重真人選手の番号ですからね(笑)。でも、気が変わったと。


 いろんな選手に話を聞いたら、「レギュラー番号をもらえるなんて、クラブに期待されている証し。着られるんだったら、着たほうがいい」と言う人が多くて。たしかに、32番からステップアップするわけだから、4番になってもファン・サポーターは引き続き応援してくれるんじゃないかという気持ちになれた。それで、「4番を着たいです」と伝えさせてもらいました。


――東京の4番というと、どんなイメージですか?


 やはりカズくん。吉本一謙選手(現清水エスパルス)が着ているイメージが強いです。アカデミーの先輩だし、ポジションも同じだし、プレースタイルも似ているので、4番を引き継がせていただいています、という感覚ですね。


――渡辺選手が特別指定選手だった18年の夏まで、吉本選手は東京に在籍していました。吉本選手とは交流があるんですか?


 大学4年の夏、東京から内定をもらう前に、(W杯によるリーグ中断期に行われた)群馬県嬬恋村でのキャンプに参加したんですけど、そのとき、吉本選手と同部屋だったんです。ただ、じっくり話す前に吉本選手のアビスパ福岡への期限付き移籍が決まり、福岡に旅立ってしまったので、実はちゃんとしゃべれていないんです。

好きな選手はクリロナ

――ちなみに、FC東京U-15深川時代に憧れていた選手はいますか?


 当時は攻撃的なポジションとか、ボランチとか、サイドバックもやっていたんですけど、攻撃の選手が好きなので、ルーカス選手に憧れていましたね。今思えば不思議なんですけど、森重さんとか、徳永悠平さん(現V・ファーレン長崎)とか、ディフェンスの選手もよく見ていたんですよ。その時点ではセンターバックをやるなんて思ってなかったんですけどね。


――その後、山梨学院大学附属高(現山梨学院高)に進学して、センターバックにコンバートされた。守備的なポジションは嫌ではなかったですか?


 そんなことはなかったですね。U-15では試合に出られない時期が続いたりして、自分でも行き詰まりを感じていたので。だから、高校に進学して身長が伸びて、センターバックにコンバートされたときは、「チャンスをもらえた!」と思って、嬉しかったです。センターバックじゃなかったら、絶対にプロにはなれていないと思いますね。


――センターバックへのコンバードはターニングポイントですね。


 間違いないですね。だから、自分は“持ってる”と思います。キャリアを振り返ると、U-15からU-18に昇格できなかったんですけど、その後にいいチームに進めて、いい出会いがあった。大学でもしっかり筋トレをして、土台を作ったから今試合に出られている。遠回りしているようで、“持ってる”んです(笑)。


――高校時代、センターバックとして生きていくことを決めたとき、参考にした選手は?

飯尾篤史
飯尾篤史

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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