あの瞬間〜両者がその時考えていたこと〜

2019年ルヴァンカップ決勝最後のPK 新井と進藤、それぞれが背負っていた物語

地道な積み重ねが19年に実った新井

シーズン後半に定位置を確保した新井はそのままシーズン終了までレギュラーとしてプレー。ルヴァンカップ決勝でもピッチに立った 【兼子愼一郎】

 飛ぶ鳥を落とす勢いで台頭してきた進藤とは異なり、新井は時間がかかったものの、地道なトレーニングの積み重ねによってポジションをつかんだ。プロ5年目、川崎に加入して3年目の2015シーズンに26歳でデビューを飾った遅咲きの守護神は、その後もなかなか地位を確立できなかった。2016年に加入したチョン・ソンリョンが高い壁として立ちはだかり、18年までの3年間、リーグ戦では計11試合の出場にとどまった。

 ところが、背番号を30番から21番に変えた19シーズンに風向きが変わる。シーズン後半に定位置を確保した新井はそのままシーズン終了までレギュラーとしてプレーした。21番は川崎でチームメートだった西部洋平(現・清水エスパルス)が背負った番号だ。「いろいろな自覚が芽生えて自信も持てるようになってきたので、新しい自分としてスタートする意味も込めて、憧れていた西部さんがつけていた21番を選ばせてもらった」

 もちろん背番号を変えたのは一つの要素に過ぎない。新井は日頃の練習で自身をアピールしてポジションを勝ち取った。「自分はもともとエリートではなかったから」と、長くベンチを温めていても腐ることはなかった。「今もそうだけど、自分は下からはい上がるしかない。どんな状況でも難しいとは考えなかったし、常に100パーセントで戦ってきた」

 大久保嘉人(現・東京ヴェルディ)と居残り練習を続けていたのは有名な話だ。同じ時期に加入し、川崎で3年連続得点王に輝いた大久保のシュートを、毎日暗くなるまでずっと受けていた。「自分が納得するまで強いシュートをバンバン打ってきて、毎日しごかれていた感覚」と笑顔で振り返る。

 こうした自主練習に加えて、2年ほど前から筋トレを行うようになった。体が重くなるのではないかとそれまで積極的ではなかったが、自分の欠点を見極めて取り組むようになった。「体の使い方がうまくなかったから」と、上半身と下半身の連動を高めるために採り入れた。それ以来週2回続け、新しいコンディション作りとして定着したことが「俊敏性も増してプレーの幅も広がった」と語る。

互いに「地に足をつけ」ファイナルに挑んだ

 地に足をつけ一段一段着実にステップアップした新井は、ルヴァンカップ決勝という大舞台でも「特別なプレッシャーを感じることはなかった」。もともとサッカーで緊張することはなく、「不安は全く感じなかったし、楽しみの方が大きかった」。コンスタントに出場を重ねられたことが、自信につながった。「体も心もいい状態で、前日もぐっすり寝られた」と口元を緩める。

 もっとも、チームには一定の緊張感があった。川崎は2000年、07年、09年、17年と4度ファイナルで敗れ、今回が5度目の挑戦となる。セレッソ大阪に0−2で敗れた2017年の決勝は新井自身もベンチで戦況を見守り、チームメートと一緒に悔しい思いをした。

 気負う選手、思い詰める選手を見て、新井はチームメートと会話を重ね、試合当日のロッカールームではこう語りかけた。「もちろん勝ちたい気持ちは大事だけど、決勝だから勝たないといけない、優勝しないといけないと自分たちを追いつめるのはやめよう」。この言葉は選手たちの緊張を解き、のちに「気持ちが楽になった」との感謝の声もあった。

 初のファイナルに臨む進藤も「ビッグゲーム特有の緊張感はあったけど、意気込み過ぎないよう自分に言い聞かせ、他の試合と変わらず同じ気持ちでピッチに立った」。決勝進出にいい意味で実感がなく、浮かれることなくその日を迎えることができた。「ルヴァンカップは途中からトーナメント方式になる。トーナメントは水物みたいなもので、その瞬間瞬間でいろいろな偶然も重なって決勝に行くことができた。準々決勝も準決勝も、1点失ってたら負けていたわけで、あまり勝ち上がった手応えを感じられなかった」

 だから、リーグ戦で一度も勝利したことがない川崎が相手でも苦手意識を抱くことはなかった。「もちろん強いチームだけど、トーナメントは何が起こるかわからない、というのを体感していたから、川崎が相手でも勝つチャンスは十分にあると思っていた」

(企画構成:サッカーキング)

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