連載:岡田メソッドの神髄

岡田メソッドはいかにして生まれたか バルサではなく、常識を覆すペップに刺激

飯尾篤史

第2回

トレーニング映像を5回にわたって公開、Vol.3以降はスポナビアプリ限定


 岡田武史氏がFC今治のオーナーに就任したのが2014年11月。それから約4年間にわたる試行錯誤を経て、プレーモデル、ゲーム分析、トレーニング計画、コーチング方法を言語化、体系化した「岡田メソッド」が完成した。もともと1年で完成する予定だったのが、なぜ4年もかかったのか。インタビュー第2回では、メソッド構築の過程に迫った。

重視したのは既存のコピーよりも国民性

――「岡田メソッド」を構築するのに、当初1年の予定だったのが4年かかったそうですね。それだけ遅くなった理由として、どんな困難があったのでしょう?

 最初に(ジョアン・)ビラと契約して、バルサのメソッドを丸々もらったんだよ。それをなぞれば、すぐに完成するだろうと思っていたんだけど、甘かった。というのも、ビラの言っていることが全然理解できないんだ。「静的なときには、この選択をして……」と言うんだけど、「静的って何や。止まっているのか?」「いや、そうじゃない」と。浮かんでいるイメージがまったく違う。そんな感じできちんと理解していないのに、スペイン語をひたすら翻訳したから、バルサメソッドの日本語版とでもいうようなものになった。

 でも、そもそも理解していないんだから、使おうとしても説明できない。そこで、これではダメだと気がついた。自分たちなりに理解できるものを作らなきゃいけないという結論になって、いったん全部、白紙に戻したんだ。

 そのときに思ったのは、サッカーに限らずどのスポーツも同じだけど、プレーだけを見てマネできるものじゃないんだなと。その裏には、文化や歴史、国民性がある。そのうえで、その国のスタイルが築かれているんだと。

 ワールドカップ(W杯)の面白さもそこなんだよ。純粋にサッカーのレベルを考えたら、EUROやチャンピオンズリーグの方がW杯よりも高い。それなのになぜ、W杯が面白いのか。それは、国民性や文化が反映されて、どの国も同じサッカーにならないから。あ、そうか、こういうことなんだなと。

――プレーモデルも、日本人や日本のサッカーに合わせたものでなければ、意味がなかったわけですね。

 そう。例えば、スペインには横パスからの縦パスに、3つくらいの単語があるんだよ。日本ではすべて縦パスと言うのに、スペインではなぜ言葉を使い分けるのかというと、必要だから。そのときにふと思い出したのが、エスキモーの話。日本語は白と言うと白1色だけど、エスキモーの白は「何白」「何白」と10種類くらいあって、雪の白さによって翌日の天候が分かるわけ。今日の雪は「何白」だから、明日はこうなるだろうって。それだけ種類があるのは、生活に必要だから。スペインに縦パスを表わす言葉が3つあるのも、それを必要とするサッカーをしているからなんだよね。

――逆に言えば、日本は3種類の縦パスを必要としないサッカーをしているわけですね。

 それなのに、上辺だけをマネしてもしょうがないというわけ。必要になれば、必然的に新しい言葉を作るようになる。でも、今は残念だけど必要としていない。だから、それはナシでいこう。イチから全部作り直そうということになって、1年の予定だったのがどんどん延びて4年もかかったわけ(苦笑)。

FC今治では“似たサッカー観”を共有

FC今治に集まったのは同じサッカー観を持つ指導者たち。吉武元監督(右)もそのひとり 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

――スペインにはないけれど、日本のサッカーには必要だからと作った言葉もあるんでしょうか?

 その言葉がスペインにあるかないかは、我々にも分からないんだけど、我々が当たり前のように使ってきた言葉の中にも、人によってこんなに理解が違うんだというものがいくつか出てきた。そのひとつが「クサビ」。前線に入れる縦パスをなんでもかんでも「クサビ」と言うんじゃなくて、センターレーンにいて、相手のディフェンスラインの前にいる選手に入れるパスを「シャンク」と呼ぼうと。「シャンク」というのは錨の軸の部分のことなんだけど。あるいは、ゴールを背にしてパスを受けた選手が、より体勢のいい、前を向いている味方に出すパスを「デカラ」と呼ぼうとか。そうやって、日本にあるものだけじゃ物足りなくて、新しく定義した言葉はいくつかあるな。

――メソッド作りは、岡田さん、大木武さん(元アドバイザー)、吉武博文さん(元監督)、眞藤邦彦さん(アドバイザー)、高司裕也さん(元スポーツダイレクター)、渡辺隆正さん(育成コーチ)、橋川和晃さん(グローバルグループ長)が中心となって進められたそうですが、みなさん、年齢も違えばサッカー観も違うわけで、意見をすり合わせるのも大変だったと思います。

 いや、サッカー観が大きく異なっていたら、こういうものは一緒に作れないんだよ。日本サッカー協会が抱えている悩みもそこ。もともと眞藤先生も、小野剛(前監督)も、橋川もみんな、サッカー協会で仕事をしていて、こういうものが必要だということは感じていた。でも、いざ作ろうとすると、当然サッカー観がそれぞれ違うので、「いや、それは違うだろう」という意見が出てきて、まとまらない。だから、サッカー協会で作るのは難しい。でも、FC今治ではみんなで話し合って最終的に俺がクラブとして「こうだ」と言えば、そうなる。それに、そもそも似たサッカー観の方々に集まってもらっているから。

――似たサッカー観とは、噛み砕いて言うと、どんなものでしょう?

 簡単に言うと、2回目(07年12月〜10年6月)に日本代表監督をやったときのような「接近・展開・連続」。要するに、ボールの近くで数的優位を作ろうよ、相手が来たら空いているスペースに早く展開しようよ、それを連続させようよ、というサッカー。そのイメージは一緒だったんだ。

 オランダのようにピッチを広く使って、きれいに散らばって、バーンと正確なサイドチェンジを蹴るようなサッカーをやろうという人はいなかった。そのサッカーでは日本はオランダに勝てないだろうと。もちろん、ワイドにポジションを取ることはあるけど、その中で、どう寄って行って数的優位を作るのか。そんな感覚をみんなが共有していたんだ。

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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