連載:J1・J2全40クラブの番記者が教える「イチオシ選手」

広島史上最強の助っ人ミキッチを彷彿 大学生・藤井智也が吹かせる“紫の突風”

中野和也

藤井の最大の魅力は、「3歩」でマーカーをぶっちぎる初速だが、スピードだけでなくフィニッシュワークにも磨きをかけつつある。特別指定選手ながら重宝されそうだ 【(C)J.LEAGUE】

 立命館大に籍を置く21歳の大学生だ。荒削りな部分は確かにある。しかし、50メートルを5秒9で駆け抜ける快足と、ボールを持てば必ず仕掛ける積極的な姿勢は、サンフレッチェ広島の歴代最強助っ人、ミハエル・ミキッチを彷彿とさせる。今季、特別指定選手としてプレーする藤井智也が、J1のピッチに“紫の突風”を吹かせるかもしれない。

1〜3歩目が尋常ではなく速い

 藤井智也がピッチに立つと、そこに風が吹いてくる。必ず、追い風。向かい風はDFが受ける羽目になる。

 中断期間中に行なわれたレノファ山口FCやファジアーノ岡山とのトレーニングマッチで、立命館大の3年生(3月当時)は常に足下でボールを受け、相手DFと正対し、そして必ず1対1に勝利した。山口戦では1得点・1アシストを記録し、岡山戦では得点にこそ絡めなかったがチャンスの山を構築。観戦していた岡山の選手たちから、「あいつは、どうしようもない」という嘆息が聞こえた。

 しかも岡山は、藤井とは二度目の対戦だった。ある程度は情報があったのに、それでも抑えられない。藤井智也という突風を、止めることができない。

 50メートルが5秒9などという数字は、藤井の現実を見た時には何も意味を持たなくなる。その数字は浅野拓磨(現バルチザン・ベオグラード)と同じであり、「速いな」という印象にも繋がるが、それ以上の意味は持たない。彼のすごみは50メートルが速いだけではなく、1歩目、2歩目、3歩目が尋常ではなく速いことだ。

 攻撃時、相手は当然、縦のコースを切る。つまり、藤井よりもDFは必ず前にいることになる。しかし、彼は平然とスペースにボールを走らせ、そのままスタートを切る。そして「ヨーイドン」でDFと競争し、必ず勝利する。1歩目で身体をグイッと前に出し、2歩目で一気に差をつけ、3歩目でぶっちぎるのだ。

 この形、どこかで見たことがある。ずっと考えていた。そう、ミハエル・ミキッチ。“クロアチアの大天使”と呼ばれた屈指のスピードスター、ミキッチだ。

 困った時にはミキッチにパスを出せ。きっとなんとかしてくれる。それほどの信頼感をチームメートにもサポーターにも抱かせた、サンフレッチェ広島史上、もっとも大きな貢献を果たした外国人選手。藤井は一度もミキッチと対面してはいないが、まぎれもなくうり二つのスタイルである。

来年度の加入内定を今年1月に発表

 岐阜県の長良高時代も大学に入ってからも、一度も全国大会に出場したことがなければ、年代別代表に選出されたこともない。無名中の無名と言っていいサッカー青年の名前がメディアの間で取り沙汰されるようになったのは、昨年の関西学生リーグでアシスト王に輝き、ベストイレブンに選出され、さらに7月の天皇杯で横浜F・マリノスの守備陣を翻弄(ほんろう)し、ゴールを演出したことによる。

 評価がうなぎ上りになった藤井に、多くのJクラブが注目。結果として、川崎フロンターレや大分トリニータとの争奪戦を広島が制し、2021年度の加入内定が今年1月に発表されるという異例の事態となった。それほど、藤井の力と将来性が高く買われているということだ。

 ただ、学生の身分のまま参加した宮崎キャンプでは、クロスやラストパスの精度に難があり、チャンスは作ってもそれが得点に繋がることはなかった。だが、キャンプからずっとトレーニングしていた広島を一旦離れ、立命館大に戻った時、藤井は自分自身のストロングポイントを見失っていたことに気づいたという。

「(J1開幕戦の)鹿島アントラーズ戦が終わってから大学に戻って、3日間くらい調整させてもらったことで、『自分ってこういう選手だったんだ』と思い出すことができた。広島のキャンプでは、チームの型にはまろう、慣れようという思いが強過ぎて。安牌(ぱい)なプレーのほうが、チームに大きなダメージを与えないかな、というふうに考えてしまっていたんです。

 でも僕はもともと、スピードを生かした仕掛けやドリブルが持ち味。仕掛けの部分で(広島から)評価していただいたことを、あらためて思い出せた。大学に戻ったあの3日間は、僕にとって本当にいい機会だったと思います」

 その言葉どおり、3月の藤井は2月よりもはるかに危険な選手となっていた。3月18日に行なわれたフルコートの紅白戦。あちらこちらで激しい球際の攻防が見られた、実戦さながらの熱気を帯びたこのトレーニングで、藤井は違いを見せつける。

 青山敏弘のスペースへのパスに飛び込み、あっという間に右サイドを引き裂いて、カットインから逆サイドに流し込んだ1点目。荒木隼人と佐々木翔による高い位置でのボール奪取から、永井龍、東俊希と繋がったボールをダイレクトで叩き込んだ2点目。ドリブルだけじゃない、スピードだけではない。そんな怖さを十分に与えたプレーに、いつもは厳しい城福浩監督も、思わず笑みをこぼした。

「守備でほころびが出てはいけないので、そこはもっと取り組んでもらいたい。ただ、攻撃については、あのスピードがあるからこそ切り返しが効くわけです。攻撃においても足りないところはたくさんあるけれど、スピードを生かしながら課題を少しずつ改善できればいい。(紅白戦や練習試合で)得点を取ったり、決定機を作ったりすることで、チームメートも彼のストロングを生かしていこうという感覚になる」

必ず仕掛ける姿勢はミキッチそのもの

 指揮官の言葉どおり、周りの選手たちも藤井の脅威を認めている。永井が「スピードならJ1でもトップクラス。彼の力をチームに生かしてあげたい」と言えば、茶島雄介も「これぞという武器を持っていて、その部分は本当にうらやましい」と語っている。さらに青山も川辺駿も、藤井と一緒にプレーしている時は、しっかりと彼の状態を見ている。武器として、広島の刃として、認めている証拠だ。

 そして藤井自身も、「ずっとオドオドしていたら、みんなに不安を与えてしまって、迷惑をかけてしまう。だからこそ、自分の特長を出していきたい。結果を出していかないと、生き残っていけない」と、自信を持ってプレーすることの大切さを理解している。

 縦だけでなく、カットインからのシュートもあり、逆サイドからのクロスに反応してゴールを陥れることもできるとなれば、これほど嫌なサイドアタッカーはいない。守備や状況判断、ポジショニングなどにまだまだ課題を残すが、その荒削りなところも魅力である。なにより、ボールを持ったら必ず仕掛けるその姿勢は、かつて広島の右サイドに君臨したミキッチそのものだ。

 今シーズンは特別指定選手だが、一方で立命館大の学生でもあり、どれだけ広島の試合に出られるかは分からない。しかし1日も早く、プロのピッチで彼の姿をサポーターに見せてあげたい。突然吹きすさぶ紫の風の勢いに、沈みがちな気持ちも吹き飛んでしまうだろう。童顔で爽やかにはにかんだ笑顔の純朴さに、微笑ましくも晴れやかな想いが宿るだろう。

 藤井智也という若者が巻き起こす興奮と驚きを、僕たちは待ちきれない。

(企画構成:YOJI-GEN)
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著者プロフィール

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルートで各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年よりサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するリポート・コラムなどを執筆。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。近著に『戦う、勝つ、生きる 4年で3度のJ制覇。サンフレッチェ広島、奇跡の真相』(ソル・メディア)

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