テニス・西岡良仁が地元で育んだ克己心 逆境の中で培い、確立した「考え方の癖」

内田暁

東京五輪出場を目指す西岡良仁 【Getty Images】

 2020年東京五輪、そして世界に向けて、それぞれの地元から羽ばたくアスリートを紹介する連載企画「未来に輝け! ニッポンのアスリートたち」。第57回は三重県出身、テニスの西岡良仁(ミキハウス)を紹介する。

地元・三重が西岡のキャリアの原点

2018年に西岡は“地域活性化プロジェクト”と銘打つテニスクリニック&ファン交流会を地元・三重で開催した 【内田暁】

 明かり取りの窓から差し込む日差しが、ボールから飛び散るフェルトをチリチリと輝かせながら、柔らかな陰影を緑色のコートに描いていた。そのコートで、自分の身の丈ほどあるラケットを振り回し笑顔でボールを打つ子どもたちに、彼は優しい視線を向ける。

「僕も、あんな感じだったんですよね」

 記憶の針を20年ほど巻き戻し、彼は、自らの“始まりの時”に思いをはせた。三重県津市の市街地から幾分離れた港町に建つ、打球音がこだまするインドアテニススクール――。

 そこが、西岡良仁のキャリアの原点である。

 2018年12月。両親が経営するこのコートで、西岡は“地域活性化プロジェクト”と銘打つテニスクリニック&ファン交流会を、同期の仲間たちと開催した。企画発案からスポンサー集めまで、全て自分たちで実行した手作りのイベント。“地域活性化”という名称には、生まれ育った町に還元したいという郷土愛と、この地から自分は世界に羽ばたいたという、ある種の矜持(きょうじ)が込められていた。
 

西岡は世界のトップ100の中で最も小柄な選手

少年時代は、同じサウスポーのラファエル・ナダルのプレーを手本にし、鋭いスピンを体得した 【アフロ】

 身長170センチ、体重64キロの西岡は、世界のトップ100の中で最も小柄な選手である。テニスはフィジカルコンタクトがないとはいえ、リーチなどを考えれば、一定の長身が優位に働くのは間違いない。現に西岡は、小学生時代に国内タイトルを総なめにしたにもかかわらず、周囲の先入観に未来を規定された過去を持つ。米国のIMGテニスアカデミー留学を支援する『盛田正明テニスファンド』選考会には、幾度も落選した。15歳の時、ラストチャンスをものにしてIMGアカデミーに渡るものの、周囲から聞こえたのは「あの身体では、150位以上はいけないだろう」とささやく声。

 だが、それら偏見に満ちた視線と声によって、彼の反骨精神と知性は磨かれ、鋭利さを増していく。「どうやれば勝てるだろう?」と考え抜き、とことん勝利にこだわった。それは彼が幼少期から、逆境の中で培い確立した「考え方の癖」でもある。周囲に、元トップ選手や強いライバルがいた訳ではない。それでも「どう打てばコートに入るか?」「どのコースに打つのがいいのか?」と自問自答し育んだ克己心が、彼の内には脈動する。

 少年時代は、同じサウスポーのラファエル・ナダルのプレーを手本にし、バウンドが低い人工芝のコートで必死にボールを擦り上げて、鋭いスピンを体得してきた。

 その変幻自在な軌道のショットで、チェスのように緻密な戦術をコートに描き、驚異のフットワークでどんなボールも打ち返す。磨き上げた心技体を「ジャンケンに負けるのも許せない」と言うほどの負けず嫌いで組み上げて、西岡は12年の全米オープンジュニアでベスト4、14年のアジア大会で金メダルなど、数々の栄冠を10代にしてつかみ取ってきた。

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著者プロフィール

内田暁

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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